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駅前の居酒屋に集合したのは19時だった。退屈な時間に時計を確認し続けて、ようやく1時間が経過しようとしている。酒類はもともと得意ではなくて、1杯目に注文したレモンサワーをちびちびと50分かけて飲んでいた。
「吾妻 くん、楽しんでる?」
「え……ああ、えっと……」
あまりに詰まらなくて20時を回ったら帰ろうと思っていたのに、名前も覚えていない女性に声をかけられた。
「あはは、吾妻くん合コン慣れしてなさそうだよね。私、佐々木春香 。獣医学部の3年。吾妻くんは同じ学部の2年だったよね?」
「あ……はい」
気さくに話しかけてくる彼女は、垢抜けているいるものの特別な派手さはない感じの印象を受ける雰囲気だった。
「緊張してる?」
「……まあ」
にこにこと笑う佐々木さん。普通ならばこの笑顔に勘違いしたりときめいたり、一緒に楽しもうという気持ちになったりするんだろうかと考える。けれど自分にはそのどれも感じられなくて、ため息をつきそうなのを飲み込みながら彼女の話に耳を傾けた。
「二次会はカラオケって言ってたよ。吾妻くんは歌うの得意?」
「……人並みには」
一言で返せば困ったような笑みを浮かべてみせる佐々木さん。
「……乗り気じゃないの?数合わせで無理矢理連れてこられたとか?」
彼女の問いに無言で頷くと納得した様子で笑顔を浮かべる。普通ならばこれで話は終わり彼女は他のところへと移動していただろう。
「……ねえ、それなら私と抜けない?私もあんまり乗り気じゃないの」
楽しそうな様子を見せていた彼女の言葉が信じられなくて視線を向ける。どうかな?といった様子で首をかしげる佐々木さんをみて、俺はこくりと頷いた。
「我妻くん、好きな人いるでしょ」
二人きりになって第一声、佐々木さんはにこにこと笑いながら名推理とばかりにそう言った。
「いや……そんなことは……」
「ごまかしても無駄だよ。顔に書いてあるもん他に好きな人がいるから他の女なんかに興味ありません、って」
くすくすと笑う彼女はとても楽し気で、話を聞くつもり満々と言った様子だった。正直面倒だし、早く帰りたい俺は平静を装って
「いませんよ。合コンで楽しむつもりもなかったですけど、一人が好きなだけで」
なんて嘘をついた。
根掘り葉掘り聞かれて、好きな相手が12も年上の幼馴染の男だなんてしれたらそれこそ面倒くさいし、言いふらされでもしたら大学生活が終わりを告げることすらあるだろうと思ったからだ。
「本当?だって、二年生ってことは二十歳でしょ?その年の男の子が女の人に興味ないなんて好きな人がいるか彼女がいるか……それか同性が好きとかでしょ?」
「好きな人も彼女もいないですし、同性が好きなんて……あり得ませんよ」
「そう?あ、じゃあノンセクとか?」
「……ノンセクって何ですか?」
彼女の口から出た知らない言葉に首をかしげる。同性が好き、というのは理解されないだろうと否定したけれど、彼女の口から出た言葉は存在すら知らない言葉だった。
「あ、知らない?ノンセクっていうのは男にも女にも興味がなくて、人を好きにならない人のことだよ。逆にパンセクって言って、好きになるなら性別は関係ないって言うセクシャルもあるの」
すらすらと出てくる知らない単語たちに首を傾げて考えていると、彼女はにこりと笑った。
「セクシャルマイノリティって色々あるの。異性に興味がないとか、同性に興味があるとか、どっちにも、とか……」
「……詳しいんですね」
「だって私、女の子にしか興味ないんだもん」
「…………え……?」
彼女から出た言葉に、目を丸くしてぽかんとして立ち止まる。すると少し前を行った彼女は振り返って笑った。
「びっくりした?私レズビアンなの。だから女の子に興味なさそうな吾妻くんに声かけて抜けてきたの」
こともなげに言われてより一層困惑しながら言葉が出ずにいれば、相変わらず笑顔を浮かべる佐々木さんは改めて、といった感じで訪ねてきた。
「……ねえ、吾妻くん。吾妻くんは、本当は好きな人がいるんじゃない?それも、同性で」
「…………」
俺は、無言で頷いた。初めて、理解者に出会った気がした。
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