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第4話

 騎乗位だと下から突き上げるたびに彼の頭がバウンドして髪が振り乱れるから楽しかった。俺のものを軸にしているのも悦い。跨がられ乗られているのは俺なのに、どの体位をとっても結局のところすべて俺が支配できるのだと実感できて。座るだけでも俺を尻で咥えなきゃならないというのもなかなか卑猥で、どう転んでもこの人は俺に犯されるしかないのだと。触ってもいないのに固くそそり勃った彼のものも上下する。ただ奥を穿つと決まった動きを無視して張り詰めた。  息をしろ。  この人は呼吸を止めて顔を真っ赤にしていた。掴んでいた手を片方振り払われ、彼は口を押さえる。  んッ、んっんんぁっあっ!  濡れた目が俺を責め、(なじ)るように見つめる。俺を恨んでいる。俺に感情をくれている。俺に感じ、俺に犯されている。固さと太さが増した。この人の体内(ナカ)に俺がみっちり詰まっている。堪らずに強く突き上げた。彼は引き結んでいた唇を開けて切なく嘆息した。  ぁんンッ!  俺は息を荒げて彼の奥の奥を突く。自分の尻をベッドに打ちながら、何度抱いても狭い彼の中に出入りする。腰が止まらない。むしろ速まる一方だった。歪む眉を見上げる。細まった目が潤み、俺に向いているのに俺を見ちゃいない。  あっあっあっあ、ん…!  ……っぅ、、、  腰を掴んだ。力尽くで最奥まで突き入れる。彼は膝を震わせ背中を反らしたかと思うと俺に倒れてくる。それが愉快で愉快で仕方がなかった。肉に指が食い込むほど腰を固定して、叩き付けるような射精がはじまり、この人は戸惑うような声を漏らした。長く深く広い快感はあの虚しさをどこかへ追いやり、この世から肉体が消滅したような軽さがあった。射精した分を差し引いても臓物から血肉から骨も失ったかと思うほど軽く清々しい。小さく痙攣している彼を手放せないまま俺は目を瞑った。吐息が聞こえる。彼は転んだように俺を挟んでシーツに手をついた。同じくらいの背丈のため俺より高いところにいる。この人の影に重なると、何故だが心地良かった。薄い胸の浅い溝や浮かぶような鎖骨を見上げる。彼から出ると、俺のが落ちてきた。その光景にも抜ける動きに反応して蠢くこの人にも、小さな悲鳴にも、目眩がするような淫らな感じがあった。(オス)の冥利に尽きる。それでも実際、この人と繋がるのは本能とか理性とか、そういうのとはまた別だった。慣らすとか、相手が感じているのかとか、多分本能の前には要らなかったはずなのに。俺はこの人が俺を見ているのか、俺に感じているのか、それを気にした。そうすれば自ずと俺は絶頂に近付く。俺にとってこんなのは本能じゃなかった。力無く横たわるこの人の汗ばんだ頬に手を添えるのも。濡れた目がまた細まる。彼は俺が始末するのを嫌がるがそれでもこの人にまだ触っていたかった。この人に触れていたい。放したくない。この人と目が合うたびに息が出来なくなった。彼と違って時間はあれども眠れない。もう繋がらなくていいと思うのに、繋がらなければこの人に触れない。喋りかけられない。俺は壊れた。壊された。優しく穏やかに徐々に緩やかに。噛み付かないし貪らないキスも覚えた。この人の涙に気付かないことにして俺は口付ける。神経質なこの人は執拗なうがいまではしないがその分肌を傷めるほど手を洗う。彼は眠そうなのにこれから中に指を入れて掻き出すから寝かせてやれない。嫌がる脚の間に割り込んでしまえば、微かな嗚咽が聞こえた。俺の傍で、俺の胸で泣いてほしい。叶わない。彼から涙まで奪ったら壊れる。その様を見てきっと俺も壊れる。  まな板が跳ねた。スイカが割れ、赤い汁が流れ出る。夏らしくスイカ割りなんて歳でも性分(がら)でもなく、律儀で几帳面なやつはそんな遊びはきっと嫌がる。皿に乗ったスイカが運ばれ、俺はあいつの後ろ姿から目を逸らした。ずっと見ていた。些細な動きまで。  踏切のすぐ傍の畑に繋がる小規模な駐車場に割られたスイカが放置されていた。農家の敷地で、小さなスイカが割られていた。あいつは不快感を示した。異様な不快感はひどくスイカ割りを憎んでいるような。スーパーで見るような濃い緑のものとは違う規格外の売り物にはならないようなものだった。砕けた皮の中に見えた身も色が薄くあまり美味そうとは言えなかった。あいつは何かを怖がるように俺にしがみついた。俺は人の頭ほどの大きさのスイカのことなんてどうでも良くなって、怖がるやつを宥めた。それでいてスイカを買おうだなんて言う。不思議で不思議で惹きつけられる。テーブルの上に三角切りにされたスイカが置かれた。赤く艶があり甘そうだった。  スプーンは使いますか。  要らない。  あいつは分かっていた様子だった。スプーンで綺麗に種を除いていく。俺は種を噛み砕く。やつがそんな俺を見て優しく笑う。嬉しいけれども恥ずかしい。照れる。俺だってやつを見ていたのに、見ていると怒る。観察、監査なんてものじゃない。いつの間にか見惚れている。  なんだよ。あんたも食えよ。  少年みたいに食べるんですね。  顔が熱くなる。クーラーが気持ち良い。歳は同じはずなのに俺がガキになって、こいつはいくつも上の大人みたいだった。  夏って感じがします、とても。  セミの声を聞きながら眩しい日差しを軒下の縁側で寛ぎ、風鈴が揺れて蚊取り線香の匂いと、扇げども温風しか来ない団扇。絵に描いたような夏は年々上がる気温と都市部の開発と環境破壊で、結局は絵に描いた夏だった。実際はクーラーの中で、夕立のために外は暗く、風鈴の音色にも気付かないでこいつと過ごす。悪くない。俺ばかりが蚊に喰われて、やつは涼しい顔をしている。悪くない。こいつが俺に痒み止めを当てて、やつの手がそこに触れたのだと清涼感が教えてくれる。悪くない。  あんたが居るから………いい夏だと思う。毎年…  一瞬だけ、割られたスイカが脳裏に浮かんだ。線路から転がってきたような。赤い身を覗かせて。踏切脇の花束の傍で。  ペンがテーブルに叩き付けられて転がった。木目のグリップに黒い艶のあるボールペンは軽いプラスチックの業務用のものとは違っていた。虚ろな目はただ書面を視界に入れているだけだった。話を聞いているのかも分からない。顔色は見るからに悪く、隈も濃い。髪は萎びて、頬骨は影を落とす。そろそろ限界かも知れなかった。医者に行って薬を飲まれる前に同意書を書かせた。臓器を売るか、このアパートを売り払ってソウイウ輩の家に入で薬漬けの廃人になる。すると国から補助金が出る。  医者に行くなんて選択も今思えばこの人にはなかった。会社の屋上から飛び降りるか、自分で車を突っ込むか、それくらいだろう。俺は病人を抱く趣味はなく、彼の寝られる時間は増えたが何かに怯えるように目を開いたままなかなか眠ろうとしない。膨らんでいく利子はもう追い付かない。そろそろ会社にも連絡がいく。返済はおそらくもう不可能で、この業界に完済はないとみてもいい。俺はルール違反を犯して2つの選択を提示した。この人には身寄りがない。天涯孤独の身だ。連帯保証人になった理由は主にここにある。この人が話してくれた。もとの債務者に世話になったから。それだけ。それでも孤独の身には劇薬のように恩が沁みる。そういうものだ。特に彼みたいな気質の人間は。迷惑をかける前に会社を辞めた彼は手続きを終えると意外にも安堵した様子をみせ横になった。身辺整理の途中で、ほとんどのものがダンボールに片付けられている。売れるものと売れそうにないもの。几帳面な彼の衣類はブランド品でもなく派手さもなかったが綺麗に手入れがされているために半分は古着屋にでも出せそうだった。多額の借金を背負っているこの人には端金でも、1日の飯代くらいは賄えそうだった。俺はそれを、すべて終わった後に売ってくるよう頼まれていた。珍しく、彼からの頼まれごとだった。  最期に海でも行くか?  俺はそんなことを言った気がする。彼は青白い顔をして首を振った。ベッドを汚すのを嫌がるこの人が普段着のまま横になっている。虚空を見ている目は俺を見たりはしない。  アパートを解約して、海外に渡るまで俺はこの人を自宅に住まわせていた。2部屋の安いアパートだが俺なりに気に入っている。彼はリビングのソファーに座ったきりほぼ動かなかった。俺の場所(なか)にこの人がいる。彼が捌かれるまでの数日の間くらいはまともな飯が食えるようにと稼がせた。でもそれは俺にとっての建前で、この人にとっての免罪符だ。ソファーで繋がった。もう抵抗もしなければ、かといって乗る様子もない。扇風機の風だけで血肉を剥がされてしまいそうだった。クーラーに切り替えると寒そうで、凍える姿にひどく興奮した。骨張っていた身体はさらに骨張り、あれでも脂肪はあったのだと知る。彼から洗剤と彼の香りはするものの、何か白々しい匂いがした。ソファーの上で、俺の膝に乗せ彼が揺れる。締まりはするが反応はなかった。弱いところ奥深くを抉ると前が勃ち、息を詰まらせるが、それだけだった。顔を見せることも厭わない。俺に縋り付くことも。この人はもう商品に過ぎなかった。俺は道具になったこの人を何度も突き上げ、静かに果てる。商品を汚す。この部屋でこの人を抱くと、まるで俺のものになったみたいだった。(ひび)割れた唇を食む。涙が溢れた。泣きたいのはこの人のほうだ。俺は涙が止まらなくなった。この人は俺の腕の中でぐったりしていた。ソファーにそのまま横になり、ぼんやりとどこでもない何かを見ている。窓に背を向けるように置かれたソファーと対面するようなところに付けたクーラーは彼に直に当たった。もう凍えることもしなかった。花火の音が聞こえる。陽気なものだった。この人と花火がみたい。祭りに行きたい。この人の腕を引いて馬鹿騒ぎの中を通り抜けてみたい。昨年の夏では想像もつかない。  何か買ってくる。  車を動かしスーパーに向かった。花火がどこかで打ち上がっている。来週のこの市の夏祭りまで、まだ行きたくなかった。あの人が欲しい。どうしても欲しい。何がなんでも。急に欲しくなった。手放したくない。明日話をつける。すぐに車からは出られなかった。地域密着型のスーパーは駐車場が広く、雰囲気もどこか優しかった。2階屋上の駐車場から「夜景」という2文字に含まれる洒落たイメージなどない田舎の細々とした夜の風景を眺めた。花火が上がる。俺は涙を拭いて中に入る。フライパンと分厚い牛肉と、適当な野菜と調味料を買う。親子連れ、夫婦、あの人が手に入れられたかも知れない未来だった。それが必ず幸せといえなくても、それを望まなくても。でも子供独り、遺していくくらいなら。  カンカン、カンカン踏切がうるさくなった。遮断機が降り、電車が通り抜けるまでの間、花束を見つけた。真新しいタバコも置かれている。誰かがここで死んだのだ。踏切の警報音もセミの鳴き声も少し遠くなる。遮断機の奥にあいつが見えた。控えめなあいつには珍しく手を振っている。それでも慎ましやかで、ずっと傍に離れず居る俺でもその新鮮さに胸が、俗にいう、キュンとなる。ビニール袋を握る手が汗ばんだ。中身はタバコ、ガム、あいつの土産のアイスと氷。早く抱き締めたい。キスしたい。アイス食わせて、俺は麦茶飲んで、少し休んだら繋がりたい。その前に2人で買い出しに行って、テレビ観て、晩飯食って、それから。あいつのすべてに焦らされている。それが気持ちいい。それが最高に気持ちいい。やがて電車が熱気を掻き分け、通り過ぎざま俺を扇いでいった。あいつのアイスが溶けてしまう。焦らされている。ほんの少し、電車が通っていく間でもあいつの姿を見てしまったら。遮断機が上がる。俺は駆け抜け、あいつのもとに向かうのに、やつはどこにもいなかった。どこにも。破裂しそうな不安を抱いて俺は走った。寝ている猫をおっとばし、死にかけのセミを踏む。アパートまではもう少しだった。ビニール袋を捨て、駆け上がり、チェーンも鍵も付いていないドアを開けた。2人の匂いが混ざって新しいものになったリビングで、あいつは首を吊っていた。耳のすぐ下まで縄が食い込んでいる。その下に物干し竿が落ちていた。外は雨が降り、暗い部屋で雷がやつの影絵を作る。クーラーが息をしている。俺ものうのうと息をしている。  踏切が鳴る。俺は頭を真っ白にしていた。立ち止まってやっと状況を理解した。家に帰ると、あの人は死んでいた。アイスを食べたいと言っていたのに。麦茶を作っていてくれたのに。シャツを洗っていてくれたのに。  晴れた空が俺を射す。俺を貫いて、背中から胸から、全身を穿(ほじ)くっていく。この時期のこの田舎の夏は灼熱地獄だった。暑さは焦りと怒りと悲しみに似ている。電車が来る。俺は行き場もなく飛び出した。羽根が生えたみたいだった。吹き飛んだものにスイカ割りを思い出す。セミの声も警報機の音も国道を通る自動車の音も、近所のガキの声も聞こえなくなった。視界は白く塗り潰され、かろうじて青い空と白い雲が見えた。どこかで誰かが待っている。顔も声も思い出せない。自分が誰なのかも覚えていなかった。やがて暗くなる。  踏切がカンカンカンカン鳴っている。空は轟いて灰色だった。昼の晴れている間炙られたアスファルトにひとつふたつとゆっくり染みが付いていく。遠くで雷が光っている。明日は海に行くのに。早く帰ってやらないと支度をしているあいつが心細いだろうから。違う、俺が心細いんだ。こんな夕立の時期に海なんてどうかしていた。明日は1日引き篭もって2人で映画を観よう。あいつとの夏休みはきっとまだ続くから。

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