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第4話 追跡

「すばくん、今日学校に遅れてきたのは誰かに嫌なことされたからじゃないんだね?」 昼休みになり、飛鳥が昴のクラスに様子を見に行くと、颯馬から「昴はまだ保健室にいる」と聞き、そのまま保健室にやってきた。 颯馬が昴に話を聞いた時には、「大丈夫」の一点張りでどう体調が悪かったのかも聞けなかったようだった。その様子から察するに、まったく何もないということはないのだと思うが、こうなってしまったらおそらく昴は飛鳥にしか何があったのか話さないだろうと颯馬は諦めて話を聞くのは飛鳥に任せることにしたのだ。 幼い頃から自分のことを助けてくれる飛鳥にだけは昴も本当のことを話してもいいという信頼の現れだと思う。飛鳥はベッドに腰掛ける昴と目線を合わせるように屈み、昴の肩に両手を柔らかく載せ、昴の目を見つめながら返事があるまでじっと待つ。そうすると固く閉ざしていた口を開いて 「……嫌なこと、されてない」 昴ははっきりとそう言った。おそらくこれは本心だと今までの経験からわかる。 「ずっと、悩んでたことが、あって……これで何かわかるって……思って、でもやっぱりよくわからなくて、そしたら、お腹痛くなってどうしていいかわからなくなっただけ……」 昴の目から涙がはらはらと零れる。ああ、そうかと飛鳥は思った。昴が颯馬に隠したがっていたのは誰かに何かをされたからではなく、自分が悩んでいたことについて知られたくなかったからだ。 「すばくん、大丈夫だよ。すばくんが嫌な思いをしてないならそれでいいんだから。そまくんには僕からも大丈夫だって伝えておくから……教えてくれてありがとう」 飛鳥は昴の大きな体をそっと抱きしめた。幼い頃から秘密を教えてもらった後にする2人の決まりのようになっていた。「心配かけてごめんなさい」昴も飛鳥の身体に縋るように抱き返した。 飛鳥は再び颯馬のいる教室に行き、昴は本当に体調が悪かっただけだと説明をしてから自分の教室に戻り残り時間で急いで弁当を食べ始めた。すると雷斗がたった今自販機で買ってきたであろう2つの缶ジュースのうちの1つを飛鳥に差し出した。 「ほい、君にはココアを進呈しよう」 雷斗が大袈裟な身振りをしながらアイスココアの缶を差し出したのを見て、飛鳥も乗ってみる。 「ははー!ありがたき幸せ」 飛鳥が疲れているのではないかという時には雷斗はいつもこういった風に気を遣わせないように労わってくれる。親友の優しさにいつも頭が下がる思いだ。 弁当を食べ終えて午後の授業前にトイレに行くために席を立った。用を指して手を洗っていると胸ポケットに入れていたスマホから通知音が鳴った。飛鳥はズボンからハンカチを出し、手を拭いてスマホの通知を確認すると、京一からのメッセージだった。 『今日、何時くらいに帰る?よかったら同じ電車で帰りたいな』 飛鳥は今日の予定を頭の中で確認し、返信する。 『部活があるから7時半になるけど、それでよければいいよ』 すぐに再び通知音が鳴る。 『ありがとう。じゃあ、部活が終わったら連絡ください』 午後の眠い授業を終えて放課後の部活へ向かう途中、飛鳥は昇降口で昴を見かけ声をかけた。 「すばくん、大丈夫?ちゃんと家に帰れそう?」 「ご、午後からは……授業も出れたから……」 大丈夫ということだろう。 「わかった。気を付けて帰るんだよ?」 そう挨拶をして昴と別れ更衣室へと向かった。 7時になり、水泳部は片づけを終えて帰宅のため着替えを始める。飛鳥は京一に部活が終わったことを連絡しながら着替えを終えるとリュックを背負い、雷斗に先に駅に向かうと伝え学校を出た。 何分の電車のどの車両に乗るのかメッセージで伝えると、京一の学校の最寄り駅で電車に乗ってくるのが見え、飛鳥は京一に軽く手を振り、京一が寄ってくるのを待った。 「遅くなってごめんね」 「俺の方こそ我儘聞いてくれてありがとう」 優しい笑顔で礼を言ってくる京一を見て、これは絶対にすごく女子にモテるだろうなと、成長した幼馴染を前に改めて感心してしまう。 飛鳥はいまだに彼女というものがいたことがない。颯馬の過保護のせいだと周囲には漏らしているが、部活や男友達と過ごす方が楽しかったからそこまで彼女が欲しいと意欲的ではなかったことが原因の大半であろうと思う。しかし、京一ほどの美貌があれば自分が意欲的でなくとも好意を寄せられ付き合うなんてことは普通にあり得ただろうと思うと少し虚しくなる。 京一の学校の最寄り駅から、2人の家の最寄り駅は2駅なのでろくに話もできないまま降りる駅についてしまった。そこで飛鳥はふと思い出し尋ねる。 「そういえばきょーちゃん、今日も自転車持って帰らなくてよかったの?」 昨日も一緒に電車で帰ったため特に疑問に思っていなかったが、そういえば京一は自転車通学だったことを思い出した。 「ああ、別に運動がてら自転車に乗っていただけで、一緒に帰ってくれる人がいるなら途中の坂も疲れるし電車の方が楽しいし、楽だから」 京一がいいと言うのならまあいいかと飛鳥もそれ以上は追及せず、改札へ向かうため階段の方へ歩くと、同じホームの少し先に見慣れた姿を見つけた。 私服姿の昴はスマホを見つめながら電車を待っていた。 先ほど飛鳥と京一が乗っていた電車に乗らなかったことを考えると、この後の快速電車を待っているのだろう。でも、昴の性格を考えると1人で自発的にどこかに出かけること自体珍しかったし、何より体調不良で授業を休んだその日にどこかへ出かけるというのが普段の昴からは考えられず、飛鳥にとって疑問だった。 「飛鳥、どうしたの?」 急に立ち止まった飛鳥に京一が尋ねる。 飛鳥はどうするか一瞬迷ったが、京一に差し障りの無い程度に事情を話した。 「あそこにいるの、僕の幼馴染なんだけど……今日は色々あって心配だからちょっときょーちゃんは先に帰ってくれないかな?」 「話をしてくるなら待ってるよ?」 「いや……えっと、その……」 昴について行って何も問題がないか確認したい。しかし、事情を知らなければただのストーキング行為をする不審者でしかないが、昴に今までどんなことがあったのかを話すのは憚られ、京一になんと説明したものか迷っていると 「俺もついていくよ」 察しの良い京一がそう申し出た。 「いや、でも、きょーちゃんには関係のないことだし、迷惑になるから」 自分の勝手な行動に無関係の京一を巻き込むのは良くないと飛鳥は断ろうとしたが、 「もしついて行って何かあったら飛鳥1人より俺と2人の方が対処しやすいでしょ?それに、飛鳥の友達に何かあったらって思ったら俺だって気になって眠れないよ」 京一の主張はどれも否定できず、確かに何かあった時に京一がいてくれれば心強いと思ったので、その提案を受けることにした。 2人は昴が乗る車両の隣の車両に乗り込み様子を見ることにした。時間帯的にもまだ帰宅する人が多いので車内は混んでいたため、ドア付近を陣取り、昴が降車したかを確認して降りることにした。昴が降りたのは快速電車で2駅の近くに繁華街のある駅だった。 駅を出ると待ち合わせスポットによく使われるオブジェの前で昴はスマホを弄っている。その様子から察するに誰かと待ち合わせをしているのだとわかる。 しばらく様子を見ていると昴はきょろきょろと辺りを見回し、再びスマホに視線を落とす。 すると1人の男が昴に声をかけた。昴が頷くと、男は昴の肩を抱きどこかへ誘導し始めた。 飛鳥はすかさず2人の後を追う。昴が嫌がっている様子がないので見守っているが、どんどんいかがわしい店が立ち並ぶ通りに進んでいくことに不安を覚えていると、2人は建物の中に入っていった。 「……きょ、きょーちゃん。あの、僕の見間違いかな?」 目に見えている情報はきちんと頭に入ってきているが、見たものを受け入れたくなくて京一に問いかけるが、事実が変わるわけではない。 「まあ、どう見てもラブホテルだよね。ここ」 京一はホテルに向けて動画を撮っていたようで、それは何度見ても昴本人の姿だった。 呆然とホテルの前に立ち尽くす飛鳥だったが、制服を着たままここにずっといるのはまずいと京一に促され、駅前のファミレスで夕食を摂りながら昴が戻ってくるのをできる限り待つことにした。

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