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第5話 帰宅

ファミレスにいる間、飛鳥はあまりのショックに仕切り側に寄りかかり自発的に何かをできる状態ではなかったため、京一が飛鳥のスマホを借りて飛鳥の家に夕飯は外で食べてくることや帰りが遅くなるが心配しないで下さいと連絡を入れてくれ、ファミレスに来ているのに「食欲がわかない」という飛鳥に、一緒に分けて食べられるようなものを注文し、少しでもいいからと、飛鳥の口元まで食べ物を運ぶ。 食欲がないながらも胃に物を入れ、目を閉じる。胃の奥からせり上がってくる感覚がある。物心つく頃から一緒に過ごしてきた幼馴染が、大体のことは話さなくてもわかってしまうようなそんな存在が急に何を考えているのか、得体の知れない生き物になってしまったようで気持ちが悪い。 きっと何かの間違いだ。本当は誰かに脅されていたんじゃないか。酷いことをされていないか。ちゃんと無事に帰ってきてくれるだろうか。どうして何も教えてくれなかったのか。色んな感情でグチャグチャに塗りつぶされていく。 もうすぐ22時だ。制服のままの飛鳥と京一はもうこの店を出なければならない。京一が会計を済ませてくれ、2人は駅の改札へ向かう。昴が建物に入ってから2時間が経った……終電まではまだ時間があるが昴がいつ戻ってくるのかがわからない、どうしたらいいのか迷っていると、22時を15分すぎた頃に目的の人物の姿が駅に現れた。 飛鳥は少しホッとして、改札を通ってホームへと向かう昴に声を掛けた。 「すばくん」 声を掛けられた昴はビクッと身体を強ばらせて振り返る。飛鳥の姿を見た途端、顔色が悪くなっていく。 「あ……え、あす……か」 なんでこんな所にいるのか。そう言いたいのだろうということはわかる。 「それはこっちのセリフだよ!すばくんはどうしてこんな所にいるの?こんな時間に誰とどこで何をしてたんだよ!」 ついて行ったのだ、大体のことは予想がつく。だが、それを嘘でもいいから否定して欲しくて、その気持ちを昴にぶつけてしまう。飛鳥がホームで声を荒らげてしまい、周囲の人がチラリと3人の様子を見ていることに京一が気いた。 「飛鳥、落ち着いて。とりあえず、君も……電車が来るから帰ろう」 そう宥めて、3人は黙ったまま電車に揺られながら家に向かうことになった。 家の最寄り駅につき、改札を抜けると再び、今度は静かな声で飛鳥は昴に問いかけた。 「すばくん、なんであんなところに男と一緒に入ってったの?」 『あんなところ、男と』と限定され、昴も自分がどこで何をしていたのかを2人は知っているのだと気づき、「あ……」と小さく声を出した後長く黙り込んでしまった。 昴から目を離さず、逃がしてくれそうもない飛鳥と、2人の様子を何も言わず見守っている飛鳥の友達らしき見知らぬ男に、昴は意を決して口を開いた。 「お、俺……たぶん、男の人が……す、好きなんじゃないかって……悩んで、それで……い、いつも電車で……話しかけてくるおじさんがいて、それで、試してみたらいいって……言わ……れて…………」 「……その人に言われたから、一人であんなところに行ったの?」 心配した自分の言葉は伝わっていないのに、見ず知らずの他人の言葉は受け入れたという事実が飛鳥の心臓を黒く塗りつぶしていく。 「すばくん、おかしいよ」 自分の中で処理しきれない感情として吐き出されたのはそんな言葉だった。 「飛鳥!」 京一の声でハッと我に返った飛鳥は昴の表情を再び捉え、その時になって自分が俯いてしまっていたことに気が付く。 「あ……お、おれ、やっぱり。変だよね。き、気持ち悪くてごめ……なさ……い」 「あ……」 違う、そういう意味じゃないと否定しないと、と頭では思うのにその言葉が音にならない。 「えっと、君……名前がわからないけど、飛鳥の幼馴染くん?飛鳥もちょっと混乱してるみたいだから、きっと今のは本心じゃないと思うんだ」 何も言えなくなってしまった飛鳥の代わりに京一がフォローしてくれ、少しホッとしていると、続いた言葉に飛鳥は再びぎょっとしてしまう。 「君さえよければ、俺が相談に乗るよ。たぶん少しは力になれると思うんだ……俺も君と同じで、好きな相手は男性だからね」 京一の突然の告白に、飛鳥はもちろん昴も驚いていたが、突然何を言い出すんだというような飛鳥と絶望の中から一縷の光を見出したかのような昴、2人の心境は真逆だった。 「飛鳥は早く帰って、眠れなくても横になって目を瞑るんだよ。いいね?」 京一は優しく飛鳥の頭を撫でるとすぐに背を向け、昴の方に向かっていきそのまま振り返ることはなかった。この一瞬の間に2人の間に明確な壁を作り、今そちら側に入ることを拒否されているのだと察した飛鳥は、それ以上どうしようもなく帰路についた。

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