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第9話 初恋 視点:京一

「ん……」 眩しさと日差しの暑さに京一が目覚め身体を起こすと、隣には一糸まとわぬ姿で眠る昴の姿があり思わずどぎまぎしてしまう。 昨夜は深夜まで話し込んだ後、雰囲気に流され明け方まで互いの身体に触れ興奮冷めやらぬまま意識を手放してしまったことを思い出す。飛鳥という想い人がいるにもかかわらず思い出した光景に顔や下腹部に熱が集まっていく自分の浅ましさが恥ずかしくなってくる。 処理をしようとトイレへ行こうと思っていると、京一の白い腿にコントラストの違う手が触れ、優しく撫でられる。 「あの……高梨くん」 誘うような手つきに何も言わず微笑んでくる昴にどうすればいいか戸惑っていた京一だったが、ふと窓の外の明るさに壁にかかっている時計を振り返ると、8時半を回っていた。 「あ……学校。高梨くん、もう授業が始まる時間だよ!?」 京一は、飛鳥や昴の母親から昴を預かった身であり、いつもであれば時間通りに行動できるよう計画を立て余裕を持って行動するタイプであるため慌てた。 「……休むから、いい」 昴の表情が暗くなるのを見て、京一は飛鳥と会うのが気まずいのかもしれないと思いしばらく考え、 「うーん、じゃあ、俺も休もうかな。でも、連絡はしておこう」 京一は自分の学校に連絡をした後、昴の代わり母親に昨日からの体調不良で学校を休もうと思っている旨を伝え、母親から学校に連絡してもらうことにした。謝罪と腹痛が治まれば送っていくと伝えると昴の母親からは逆に謝られてしまい京一の良心は傷んだ。 「京一さん……もう少し一緒に、いていい?」 触れ合ってしまったからか情が湧いてしまっているのか、昴から強請られると強く拒否できなくなってきてしまっている自分にため息をつく。 「昨日みたいなのはもうダメだけど……傍にはいるから、落ち着いたらちゃんと帰ろう」 そう言って小さな子をあやすようを抱きしめ頭を撫でながら昴が満足するまで身を寄せ合ったのだった。 夕方になり昴を送った後、京一は飛鳥に連絡をしようと電話を掛けたが、電源が入っていないのか繋がらなかった。 仕方なくメッセージで昴を泊めたことや学校を休んだが元気であることやちゃんと家に送り届けたことを書き、送った。 疲れを感じ、自室のベッドに横になり天井を見上げる。 飛鳥と出会ったのは、小学校に入ってすぐのことだった。京一は小さい頃から1つのことが気になり始めるとそれにばかり集中し、気づけば1人でいることが多かった。幼児期にはそれでも許されていたが、小学校では集団行動を強いられることが増え、それに馴染めずにいると、保護者からもそれが目につき、親が流す噂につられ、子どもたちからもいつも変なことをしている子だと遠巻きにされていた。 そんな時に祖母が自分の習い事に一緒に連れて行ってくれた。今思えば社交的ではない京一のことを心配し、同世代以外の人との関わりでもいいから居場所を作ってほしいという祖母の配慮だったのだろうと思う。 そこでフラダンス教室の先生の孫である飛鳥と出会った。京一は最初、祖母と一緒にフラダンスを真似して練習していたのだが、好きでしているというよりさせられていることに段々と疲れていると、飛鳥は教室の中でフラダンスなどせず勝手に適当なダンスをし始め、あまりに変な動きをするのでそちらの方に興味が向いてしまった。 「ねえ、なにしてるの?」 そう声を掛けると飛鳥は満面の笑みを京一に見せる。 「昨日すばくんが読んでた本のたこだよ!」 「たこ……」 京一は水族館で見たタコを思い出すが、どうしても飛鳥の不可思議な動きがタコと結びつかずに唸った。 「……ねえ、もう一回やって」 「いいよ!」 そうして2人で話しているとフラダンス教室はいつの間にか終わっていた。 「あらあら、あすかちゃん。うちのきょうちゃんと遊んでくれているの?」 京一の祖母が嬉しそうに2人に声をかけると、飛鳥が京一の顔をじっと見つめる。 「君、きょーちゃんっていうの?」 「う……うん」 あまりに真っすぐ見つめてくる飛鳥に居心地の悪さを感じ視線を逸らすが全く気にした様子のない飛鳥は京一の手を両手で握る。 「また遊んでね」 握った京一の手をそのままぶんぶん振り回すので少しむっとしたが、無邪気な笑顔で誘ってくるのでまた来てもいいかなと思ってしまったのだった。 それから毎週、祖母のフラダンス教室について行っては飛鳥と遊ぶようになった。 教室内ではできることが限られているため、2人は祖母たちに声を掛け外で遊ぶこともあった。そういう時は京一が珍しい花や虫などを見つけてじっと観察し続けて気づけば帰る時間になっていることもあったのだが、飛鳥は騒がしいながらも決して京一を置いて帰ったりはせず、ずっと横で話しかけてくるのだった。 「ねえ、きょーちゃん。これなぁに?」 「シロツメクサ」 スケッチブックに観察しながら花を描いているといつものように横で騒いでいる飛鳥に花の名前を教えると確認するように花の名前を復唱していた。 「ばぁばに見せよー」 そう言いながらシロツメクサを何本か摘んでいるがおそらくフラダンス教室が終わるまで手に持ち続ければ萎れてしまうだろうなと思いながら京一はスケッチを続ける。 祖母が迎えに来た頃には案の定飛鳥の握った花は萎れてきていたが、飛鳥は嬉しそうに京一の祖母にもシロツメクサを渡していた。 「あら、懐かしいわね。私も昔このお花で花冠とか指輪を作ったものだわ」 花を受け取った京一の祖母は京一の手を引き帰っていった。 次の週、フラダンス教室を訪れると飛鳥は京一を外へ連れ出し、先週シロツメクサを見つけた空地へやってきた。 「今日もここにいるの?」 京一がそう尋ねると飛鳥は元気に「うん!」と返事をして一生懸命シロツメクサを摘み始めたので京一も摘むのを手伝ってあげることにした。 飛鳥が手元で何かしていると思っていると輪っかが作られていき「できたー!」という声とともに輪っかは京一の頭に載せられ、指にもシロツメクサを巻き付けられていた。 「な、なに?」 「きょーちゃん、ぼくのお嫁さんになって」 京一はきょとんとしてしまう。 お嫁さんは女の子がなるものだと思っていたのだが、自分の認識が間違っていたのかと考えていると飛鳥は不安そうな顔で京一の顔を覗き込んでくる。 「ダメ?」 いつも元気な飛鳥の泣きそうな表情が新鮮で、うるんだ瞳が愛らしく見えてしまい否定できなくなってしまう。 「……いいよ」 そう答えると飛鳥の表情はぱぁと明るくなる。 そして京一の手をそっと握ると 「きょーちゃん……」 じっとみつめ、京一に顔を寄せると窺うように尋ねる。 「ちゅーしていい?」 それが飛鳥にとっても京一にとっても家族以外と交わす初めての口づけになったのだった。 それからは毎週会う度に大人に隠れて口づけを交わすようになった。 幼いながらも愛をささやき触れ合ううちに京一もいつの間にか飛鳥に対して特別な感情が芽生えてはじめ、飛鳥に口づけされると胸が高鳴りずっと触れていたいと思うようになり京一にとっても飛鳥と結婚するという約束が待ち遠しく感じ始めた飛鳥と出会って2年目の冬に京一は両親に連れられて海外へ転校していくことになったのだった。 それ以来ずっと飛鳥のことが忘れられなかった。昔から1つのことに集中してしまう質だったので尚更、飛鳥以外の誰かと付き合うなんてことが考えられなくて、どんな子に告白されても付き合おうとは思えなかった。 再会した時もすぐにわかった。まっすぐで綺麗な目はあの頃から何も変わっていないと感じたし、何年たっても飛鳥を見ているだけで愛しさが込み上げてくるのに自分はいったい何をしているのだと京一は自己嫌悪に陥るばかりであった。

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