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第21話 幼馴染だって言っても

連日の出来事とそれを頭から追い出すために部活に打ち込みすぎて完全に頭から抜け落ちていたが、夏休みが近づいてきている。 つまりはその前に期末テストが待ち構えているということだ。 いつもは昴が声を掛けてくれるのでそろそろ何とかしようと思い始めるのだが、今はそれを教えてくれる相手がいないことを失念していた。 夏は大会もあるので、補習で夏休みを潰すわけにはいかないため、テスト1週間前から部活は休みになっている。 雷斗が「勉強したくないから部活出てぇ」と喚いているのを聞いて初めてそれに気づくという体たらくである。 「なあ、飛鳥―。いつもみたいに昴様のノート見せてもらえねーの?」 雷斗がそう訴えてくる。いつも通りのテスト前であれば、部活に打ち込んでいて勉強が疎かになっているのを見かねた昴がノートを貸してくれて何とか理解できて助かっていたのだが、今の微妙な関係ではそれも難しい。 「今、すばくんとはちょっとうまく話せてないから諦めて」 「まあ、それはいいけどさ……そんな顔するなら早く仲直りしろよな?」 なるほど、気のいい親友の言いたかったことは後者かと優しさにじんとしてしまう。 「んじゃ、俺は彼女に勉強でも教わりに行くか」 感動を返せと思ったが、いつもは部活で雷斗もなかなか彼女に会えていないことを知っているので気にしてくれたこと自体をありがたく思うべきなのだろう。 「ワー、タノシンデキテネ」 とりあえず棒読みではあるが楽しそうな親友を送り出す。 「飛鳥も頑張れよ!大会がかかってるんだからな」 雷斗は僕の肩を拳で小突いて喝を入れて早々に帰っていった。 雷斗が帰ってしまってもしばらくはどこでどう勉強をしたものか迷って教室でボーっとしてしまう。 「飛鳥」 不意に名前を呼ばれ、驚き背筋が伸びる。相手を確認するために振り返ると見慣れた顔があった。 「そまくん!」 「お前、勉強に困ってんじゃないかと思ってな……嫌じゃなかったら、俺んちで勉強でもするか?」 まさに今悩んでいたことを言い当てられ、内心ぎくりとした。 颯馬は補講などを受けなくてすむくらいには勉強は出来るし、正直今の状態の飛鳥にとって、勉強を教えてもらえるのであれば教えてもらいたいのだが、告白された手前2人きりになるのには戸惑いがあった。 「絶対に変なことはしない。……約束する」 心情を見透かすようにそう言われてしまうとさすがに断わる理由がなくなってしまう。 「ん……困ってたし、教えて貰えるなら助かるよ」 素直に礼を言い、申し出を受けることにした。 颯馬の表情が和らいだのを見て、颯馬も誘うのにそれなりに緊張していたのだとわかった。 「そまくんって意外と優しいよね」 「意外とってなんだよ」 そんなやりとりができると少し心が軽くなる。 突然のことだったとはいえ、必要以上に構えて颯馬と距離を置こうとしていた自分が恥ずかしくなった。 「ううん。ありがとう、そまくん!」 颯馬の家に着くと、いつものように先に部屋に行くように言われ、後から麦茶の入ったグラスを持って颯馬が上がってくる。 勝手知ったる部屋なので、両手が塞がっている颯馬に代わり折り畳み式の座卓を用意し、向かい合って教科書を広げる。 互いにテスト範囲を確認し、黙々とノートにペンを走らせる。ちらちらと颯馬の様子を窺うが集中していて質問をしていいのか迷ってしまう。30分ほど頑張ってみるが、やはりわからないものはわからず集中力も切れてノートの上に突っ伏す。 「なんだ?疲れたのか?」 「そまくん……ホントは教えてくれる気ないでしょ……」 じとーっとした目で颯馬を見ると、焦った素振りを見せるのが少し面白かったが、どうやら本当に集中していて何も気づいていなかったようだ。 これだけ集中して勉強ができるのなら困らない程度にはできるのも納得がいく。 そもそも颯馬は小学校受験をしているのだからそれなりに勉強習慣があるのは知っていたが、勉強に関してはいつも昴が助けてくれるのであまり二人きりで勉強する機会はなかったことに気づいた。 「……わからない時は声を掛けてくれ。昴みたいに相手のことを気にしながら勉強をするのは俺には無理だ」 ばつが悪そうにそう言うのは自分が誘った手前申し訳なさを感じているからだろうかと思うと少し可愛く感じてしまう。 「ははは、そんな顔しないでよ。……幼馴染だって言っても、知らないことなんていっぱいあるよね」 「そうだな」 率直な感想に共感を得て、勉強に戻ろうとノートに英単語を書き写していると、颯馬が躊躇いがちに質問を投げかけてきた。 「飛鳥は何で天賀谷のことが好きなんだ?」 思いがけない質問に驚いたが、なぜ好きなのかと聞かれると今までそんなことを考えたことがなかった。 言語化するのには少し時間がかかり考え込んでしまうが、思ったことをできる限り言葉にしてみる。 「昔は、まず見た目がすごく好きだったよね。女の子だと思ってたし、天使みたいなんだよ。でも、それだけじゃなくて、きょーちゃんはちゃんと自分のやりたいこととか、大切にしたいことをしっかりと持ってて、そういうのを応援したくなるっていうか……あとは、人がしていることとか思っていることを興味ないような顔しててもよく観察してるから人の痛みにも敏感で守ってあげたいって思ってたかな」 初めて京一に会ったころの思い出を思い出すと懐かしさが溢れた。 「今のきょーちゃんって、僕よりも背も高いし、かっこいいし、きっと大人なんだろうなって思うけど、好きだって思ってた部分は変わってない気がするんだ」 再会してからの短い会話の中で感じたことを言葉にする。 「それにね、僕……きょーちゃんにお嫁さんになってって約束してた……時間が経てば忘れちゃうような約束なのにバカだって思うよね?現にきょーちゃんは忘れちゃってるんだし、意味ないんだろうけど……僕は約束をした時の気持ちが忘れられないんだ」 今、自分の中にある気持ちだった。 「なあ、飛鳥……それでお前はどうなるんだ?」 颯馬の言っていることがよくわからなかった。 「お前が天賀谷のことが好きなのはよくわかった。でも、天賀谷は昴と付き合ってる。お前が天賀谷のことを好きだったとして、それは昴の恋人を奪うってことだろ?」 気持ちは忘れられないけれど、自分が一番に願うのは京一の幸せなので昴といることで2人が幸せならば自分は何もできることはないと思っていたが、気持ちを忘れることができないということはそれだけで昴のことも傷つけることになるのかと、颯馬の指摘を受けて初めて気づいた。 「……そんなつもりはなかったんだけど」 返す言葉もなく自分の考えの至らなさに情けなくなる。 「試すだけでいいから俺と付き合ってみないか?」 頭が回らない中で再びの提案に困惑してしまう。 「なあ、飛鳥。俺のこと、一度でもそういう対象として考えたことあるか?ないだろ?さっき、お前も言ったよな。幼馴染だって言っても、知らないことなんていっぱいあるって、俺もそう思う」 「そまくん……」 それは確かに自分が言った言葉だ。自分は京一や昴だけでなく、颯馬のことも傷つけていたのかと罪悪感が心にのしかかる。 「俺にはチャンスももらえないのか?ずっと天賀谷がいたから見えなかったこともあるかもしれないだろ?頼むよ……俺だってお前のことずっと……」 こんな風に懇願する颯馬を見たのは二度目だった。中学校で再会した時の颯馬を思い出した。颯馬の気持ちを正面から受け止めて、それからしっかり答えを出すことが今の自分にできることなのではないかと思ってしまう。 「……いいよ。そまくんがそうしたいなら試してみよう。前にそまくんが言ったようにちゃんと期限を決めて……僕もできる限り頑張ってみるから」 その日、僕と颯馬はひと夏限りの期間限定の恋人としてお互いに向き合うことを約束した。

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