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第30話 転

夏祭りの後、颯馬と駅前で落ち合った時にはやはりずぶ濡れで笑ってしまった。そんな状態だったが、飛鳥の足を見て帰り道はずっと背負って歩いてくれた。 その背の温もりは心地よくて、愛しさを感じていた。 「ねぇ……そまくん」 「ん?」 「3日後にある大会が終わったらさ……そまくんの家に行ってもいい?」 「ああ……」 それだけで颯馬には多分意図するところが伝わったのだろう、微かに体が強ばった。 緊張しなくてもいいのに……と、飛鳥は颯馬を微笑ましく思ったが、期間限定の恋人をどうするのかという答えは、颯馬にとっては大切なこととして扱われているのかと思うと胸が温かくなった。 「飛鳥、試合……応援してる。頑張れよ」 「ありがとう、そまくん」 その言葉が嬉しくて、全身を委ねるように颯馬の背にあずけた。 大会当日の朝、颯馬からメッセージが入っていた。 どうやら先日の雨で見事に風邪をひいてしまったらしい。 ずぶ濡れの上に背負わせてしまったことを申し訳なく思うが、颯馬からは「絶対に勝ってこい」と言われてしまった。 とにかく試合に集中して終わったらすぐに見舞いに行こうと思い、会場に行くため電車に乗った。 ふと考えると、いつも大きな試合には颯馬と昴が必ずといっていいほど応援に来てくれていた。今回は颯馬が風邪をひいて来られないとなると来てくれる人が誰もいないのかと少し寂しくなった。 そんなことを考えて視線を下ろすと、斜め前に立っている同い年くらいの華奢な男の子が小さく震えていた。 気分が悪いのかと思い少し近づくと、何が起こっているのか気づいてしまう。 以前、自分も同じことをされたのを思い出し嫌悪を抱かずにはいられなかった。 「おじさん、その子嫌がってるよね?」 そう言って飛鳥は、男の子が震えていた原因であろう男の手を掴んだ。 「今の、どう見ても痴漢だよね?次の駅で僕と一緒に降りて」 電車が駅のホームに入り減速すると男は飛鳥の手を振りほどき、他の客を押しのけながらドアへと走り出した。 飛鳥も男を追ってホームへと降りると、男が階段へと向かっていくのが見えた。 男の足はそれほど速くない。追いつけると思った瞬間、男は階段を上ってきた小学生ほどの女の子にぶつかっても見ぬふりをして尚も逃げる。 「きゃっ!」 女の子が後方へ重心をとられ手すりにも指先が掠る程度で掴むこともできずにこのままでは危ないと思った瞬間に、飛鳥の身体は宙に浮き、女の子の身体を抱きしめて庇うようにして落下した。 手すりにも段差にも身体を打ち付けたのか激しい痛みで視界もぼやける。 「だい……じょうぶ?」 腕の中のぬくもりに話しかけるが、聞こえてくるのは泣き声だけで、それは幼い時の昴のことを思い出させた。 「泣か……せて、ごめん……」 腕に力を込めようと思ったが、思うようには動かず痛みが増しただけだった。 痛みと寒気で何の確認もできぬまま、飛鳥は意識を手放した。

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