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第31話 後悔と願い 視点:昴

飛鳥が怪我して病院にいると飛鳥の母親から連絡がきた。 きっと最近の出来事を知らない飛鳥の母は、一番付き合いの長い俺に最初に連絡をくれたのだと思う。 電話越しでも声が強張っているのがわかり、胸が苦しくなる。 電話を切ってすぐに京一にも連絡を入れ病院へ向かうために駅へと急いだ。 京一と駅で合流してもお互い何かを話す気にはなれず特に言葉を交わすこともなかった。 病院に着くと、飛鳥の両親が待合室にいた。 飛鳥の母は飛鳥に似ていつもは健康的な赤みを帯びた顔をしているだけに、緊張しているのがよく分かった。 「お、おばさん、飛鳥は……」 昴がそう声を掛けると、飛鳥の母は昴に気づき静かに首を振る。 「落ち方がよくなかったみたいで出血が多くて今は何とも言えないって……」 「飛鳥は、朝に痴漢を目撃して、相手を追いかけている途中で……女の子を庇って階段から落ちたらしい」 父親が教えてくれた理由は、なんとも飛鳥らしいと思った。 飛鳥のそういうところがとても羨ましくて嫌いだった。 真っ直ぐで眩しくて優しくていつも繋いでくれる手はとても温かくて。 飛鳥の隣にいても恥ずかしくない自分で居たかったのにどうしてこうなってしまったのだろう。 気がつくと瞳から涙が次から次へと溢れてくる。 ありがとうも、ごめんも言えていない。 「あの、飛鳥くんのお父さんお母さん。1度昴くんを落ち着かせてきます」 昴は京一に付き添われて、病院を出た。 少し歩いた所にある公園のベンチに腰掛け、京一が手洗い場で濡らしてきたハンカチを目にあてる。 「ねえ……京一さん。飛鳥はどうなっちゃうんだろう?」 自分の中の不安をぶつける。 「俺……飛鳥のもの奪ってやろうと思ってた。飛鳥はなんでも持ってるからちょっとくらい許されるって甘えてた。でも……死んじゃったら俺……どうしたらいいかわかんない……」 またボロボロと涙が零れる。そんな昴を京一は抱きしめる。 「飛鳥はきっと大丈夫だよ。だから……飛鳥が目覚めたら、ちゃんと伝えたいことを伝えよう」 それは京一も自分自身に大丈夫だと言い聞かせるための言葉だったのかもしれないが、昴の心を少しだけ元気づけてくれた。 「……京一さん、そういえばさっき……颯馬、いなかったよね?」 颯馬なら1番に駆けつけるだろうと思っていただけに不思議に思えた。 「そう……だね。茅野なら何をしていてもすぐに来そうな気がするけど……」 京一も同じ意見だとわかり、颯馬のケータイに電話をかけてみることにした。 しかし、呼び出し音が響くばかりで繋がらない。 「茅野、出ないの?」 京一の問いに頷く。 「もしかしたら俺達と入れ違いになっただけかもしれないし、飛鳥の容態も気になるから昴くんが落ち着いたのなら戻ろうか?」 「うん……ねえ、京一さん」 「ん?どうしたの?」 「手……繋いでてもいい?」 そう言ってねだると京一は優しく笑い、右手で昴の手を包み込む。 京一の手から伝わる温かさに、幼い頃何度も手を引いてくれた飛鳥の手を思い出す。 賑やかな場所は好きではなかったし、断れないうちに連れ出されることもあって嫌だと思うこともあったが、思い返せば飛鳥がいなければできなかったことも沢山あった。 あれは小学生になったばかりの頃だっただろうか。 最初に料理をした時も飛鳥が「オムライスが食べたい」とうるさかったので母と3人で卵を割る練習を何度もして、2人で手を繋いで台所の踏み台にのり、母が焼いてくれるのを間近で見ていた。 出来上がったオムライスにそれぞれケチャップで絵を描いた。 飛鳥の描いた鳥はへたくそで何なのかさっぱりわからなかったがそれでもオムライスが食べられるというだけでとても嬉しそうだった。 「すばくんのうさちゃんかわいいね!僕のあげるからすばくんのもちょーだい!!」 ケチャップで描いた絵の違い以外は卵を割り混ぜただけで、あとは母がやってくれたので味の違いがあるわけではない。 それでもスプーンで自分のオムライスを掬い、差し出してくるのを拒めず口を開く。 ごくりと飲み込むと飛鳥はにこにこと笑っている。 「すばくん、おいしい?」 「うん、おいしい」 そう答えると今度は飛鳥が口を開け、待っている。 自分も飛鳥に食べさせてあげないといけないのだと思い、飛鳥と同じようにスプーンで自分のオムライスを掬い、飛鳥に食べさせる。 「おいしい!!すばくん、ありがとー」 とても喜ぶその姿を見ていると、胸の奥がむずむずした。 思えば、あの時の笑顔が忘れられなくて少しずつ母に料理を教えてもらうようになったのを思い出した。 颯馬と再会してからは、颯馬も料理を褒めてくれるようになりどんどん楽しくなった。 最近は颯馬に褒められたくて仕方なかったけれど、きっかけをくれたのは飛鳥だったと思うとまた笑顔でオムライスを食べてほしいと願わずにはいられなかった。

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