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第41話 新しい一歩のために

颯馬と別れてから数日後、飛鳥は昴へメールを送り、京一と一緒の自宅に来てもらえるようにお願いをした。メールを送った翌々日に2人は飛鳥のもとを訪れた。 学校帰りの制服姿で飛鳥の母に案内されながら部屋を訪れた2人に、部屋の隅に置いておいた折り畳み式の椅子を使ってと促す。 母親がお茶を持ってくると、昴と京一は礼を言い、用事を終え出て行く背中を見送った。 「あのね……今日は2人にお願いがあって。きょーちゃんは何の話か、もしかしたらわかってるかもしれないけど……」 飛鳥はそう言って、おもむろに枕の下からパンフレットを引っ張り出す。 それは、表紙に校舎が大きく写ったパンフレットで、昴も見たことのある校舎であり、京一にとっては馴染み深い写真であった。 「僕、きょーちゃんの学校に転校しようと思うんだ」 「転校するにはテストで点数を取らないといけないけど、正直今まで部活ばっかりで今のままじゃ難しいかなって思って……だから、出来れば2人に勉強を教えてもらいたくて……」 ダメかな?と飛鳥は2人の表情を窺う。 飛鳥が転校すると言い出したことに、昴は動揺した。なんで?どうして?という言葉が頭に浮かぶが、声にできない。ちらりと京一を見るが、京一は静かにまっすぐに飛鳥の方を見ておりただ沈黙している。 困った昴は、戸惑いながらも飛鳥の問いに答えようと口を開く。 「べ、勉強を教えるのは、だめじゃない……。けど……」 けど、転校しないでほしい。飛鳥がいなくなったら 「そ……颯馬はなんて言ってるの?」 颯馬なら、颯馬だって飛鳥が転校してしまうなんて嫌だって言っているに違いないという思いで昴は尋ねる。 すると、飛鳥は困ったような泣きたいような笑顔で首を横に振る。 「そまくんには言ってない。もう、言う必要がないから……」 昴は、どうしてとさらに追及しようとするが、それを遮るように京一の手が昴の手にそっと重ねられた。京一の方を見ると、静かに首を振るので、昴はそれ以上何か言うのをやめた。 少しの沈黙の後、昴は違う質問をした。 「飛鳥は……なんで転校しようと思ったの?」 自分を置いていこうとしているように感じで少し責めるような言い方をしてしまう。 けれど、飛鳥はそれを不快に感じることもなく、むしろ申し訳なさそうにしながら昴に答える。 「今の学校じゃ、僕はたぶん2度と何かをやろうと思えないんじゃないかって思ったから」 「僕、今まで自分のことだけで……深く考えたことなかったけど、ベッドで過ごすことが増えて考えてたんだ……」 飛鳥が今の学校を選んだのは、家から通えて、公立で、水泳の環境が整っているから。そんな理由だった。 今いる場所は毎日楽しくて、とてもいい環境だと信じて疑わなかった。 でも、それは、今までの自分ではなくなった途端、突き放されてとても冷たい場所のように感じた。そう思いながらも元の自分には1日でも早く戻ればいいだけだと焦った。その結果が周りに心配と迷惑をかけてしまった。 環境を変えなければ気持ちは焦るばかりできっと同じことを繰り返してどうにもできなくなる気がする。 何より今回のことで、今後どうしていきたいのかを見直す必要があった。 「きょーちゃんの学校はね、車椅子でも通える環境もあるし、自分のやりたい勉強も選んだりできるんだって。だから何もできずに焦るより転校してみる方がいいんじゃないかって……」 飛鳥は、自分の想いを昴に伝える一方で、昴と颯馬が今の学校を選んだ理由をしっかりと確認したことはないが、なんとなく理由に自分の存在が大きく関わっているのではないかという予感があった。 もし、その通りならば2人のことを置いて転校してしまう申し訳なさが全くないわけではない。でも、それでは現状をどうすることもできず、苦しい。 わかってほしいという気持ちでちらりと昴の様子を見ると、下を向いていて、長めの髪で表情が隠れて読み取ることが出来ないが、胸の前で組んだ手が開いたり閉じたりを繰り返している。 しばらくして手の動きが止まると、昴は意を決して言葉を口にする。 「お、俺……飛鳥が転校するなんて嫌だ」 それを聞いた飛鳥はただ、困ったように笑うと「そっか……」と、一言、言葉にするだけで転校するのをやめるとは言わない。 一方で、昴は飛鳥に転校してほしくないと気持ちを言葉にしてしまうと、自分の想いを自覚してしまい堰き止められていた気持ちが溢れ出してしまう。 「そ、颯馬は……颯馬は飛鳥と一緒にいたいから……だから、今あそこにいるのに……颯馬は飛鳥が転校してもいいって言ったの?」 昴の問いには答えないまま、ただ静かに飛鳥は頭を下げた。 「ごめんね、すばくん……すばくんが協力してくれなくても僕は今の環境に戻る気はないから……」 颯馬に話をすれば、自分も留年してでも飛鳥と一緒にいたいと言い出すのではないかと思ったし、そうなれば、昴もそれに従うのではないかという想像もあった。それではダメなのだ。 昴には京一がいるから、だからもしかしたら飛鳥の想像とは違う答えを返してくれるかもしれないと思ったが、今すぐにそうなることは難しいのだろうということがわかった。 「…………帰る」 昴は立ち上がり、ふらふらと玄関の方へ向かう。 京一は慌てて立ち上がるが、一瞬飛鳥を振り返る。 「きょーちゃん、ごめんね。……すばくんのこと、お願いします。あと、勉強は一人でもやるから大丈夫だよ。他人の恋人を勝手に借りたりできないから、気にしないでね」 飛鳥がそう言うと、京一は頷き昴の後を追いかけた。

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