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第40話 僕の答え

数日前、病院に駆けつけてくれた京一から1つの提案をもらった。 それをどうするのかはまだ迷っている。 けれど今日は久しぶりに颯馬が会いに来てくれる。ずっと伝えられずにいた答えを伝え、颯馬にも相談してみようと思い待っているとインターホンが鳴った。 飛鳥の部屋は以前と違う場所に変わっているため、母親が颯馬を案内してきてくれる。 颯馬には椅子をすすめ、自分はベッドに腰掛ける、 久しぶりに見た颯馬の顔はどこか暗く、それはもしかしたら自分のことが原因かもしれないと思った。でも、今は颯馬の顔を見ることが出来て嬉しい。 「そまくん、会いに来てくれてありがとう」 話しかけてみても、やはり颯馬の表情は変わらず沈黙する。 「飛鳥……学校に来れないって本当なのか?」 颯馬が口を開いたかと思うと、出てきた話題はやはり先日の話だった。 「ほんとだよ」 努めて笑顔で返すと、颯馬はまた黙り込んでしまう。 「なあ、飛鳥は犯人の顔を見て、覚えてるんだよな?」 何故そんなのことを問うのか疑問ではあったが、素直に頷くと颯馬は優しく微笑み、飛鳥の頬を撫でる。 「だったら、そいつ探さないか?」 「……そんなの探してどうするの?」 「飛鳥をこんな身体にしたんだから、同じ目に遭わせてやらないと」 「……そんなこと、本気で言ってるの?」 颯馬の表情と言動があまりにもちぐはぐにうつり血の気が引いていく。 その目はとても冗談で言っているような目をしていない。 自分が言っている意味がわかっているのだろうか。それはつまり、階段から突き落として大怪我を負わせてやろうという悪魔のような誘いにぞっとしてしまう。 そもそも、復讐をしたからといって何になるわけでもない。 それ以上にわざと怪我を負わせるようなことをすれば、もちろん今度はそんなことをした方が罪に問われることになる。 犯人が自分のしたことを償ってほしいとは思うが、そんな形で復讐したいと思っているわけではない。 「そまくん……僕……」 そんなことして欲しくない。そう口にしようとしたが、その言葉は颯馬の唇に塞がれ飲み込まれていく。 「んっ……ふ、んん」 舌で口内を犯され息さえも奪うような激しさに、身体は支えきれず後ろに倒れてしまう。ベッドに横たわる形になり、逃げ場を失った飛鳥は颯馬の身体を押しのけようとするが、酸素の足りない体は力が入らず、颯馬の身体はびくともしない。 眼を閉じるとくちゅくちゅという水音と上顎を撫でるような下の動きからぞわぞわとむず痒さが背中を駆けていく感覚だけが支配する。 唇が離れ、飲み込めず溢れた唾液を拭きつつ、酸素を取り込むため肩で息をする。 「お前は、俺に任せてくれればそれでいい。な?飛鳥……」 颯馬は飛鳥の頭を優しく撫で、愛しいものを見つめる目で、あまりにも残酷なことを言い放つ。 その姿に頭の中で警鐘が鳴る。 中学生になって再会してからの颯馬は、口煩くはあったが好んで暴力を振るうようなことはなかった。 昴のことも、自分のこともすごく大切にしてくれていた。 そんな颯馬が暴力を振るうことがあるとすると、昴のことをいじめる相手がいる時くらいだった。 じゃあ、今颯馬をこんな風にしてしまっているのはなんなのか。 自分の存在なのではないか? 「そまくんがそんなことする必要はないよ」 自分の答えが正しいのかはわからないが、今の颯馬にとって何が一番必要なのか自分の直感が告げている。 「僕、そまくんと本物の恋人にはなれない……」 「ただの幼馴染にそこまでする必要なんてないんだよ」 別れると告げてから、お互いに一言も言葉を交わせないまま颯馬は帰ってしまった。 飛鳥は1人になった部屋の中で、ベッドにもぐりこむ。 颯馬への伝えた言葉は、自分が本当に伝えたかったものとはあまりにもかけ離れていた。 でも、颯馬がこのまま自分と一緒にいれば取り返しのつかないことをさせてしまうのではないかと思ってしまった。 颯馬のことを信じきれない自分も許せないし、結果的にただ傷つけてしまったことも苦しい。 何より、本当は颯馬のことをこれからもっと好きになって一緒にいたかったのに……自分がしたことがそれすらも壊してしまったことが悲しい。 その日、飛鳥は今まで我慢していた気持ちが堰を切れたように溢れ出し、涙になって止まらなかった。

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