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第39話 想像したことのない未来を 視点:京一

深呼吸をして、インターホンを押す。 1度目は反応がない。もう一度押してみると「はい」という女性の声が聞こえる。 「天賀谷と申します。颯馬くんはご在宅ですか?」 玄関から老年の女性が顔を出す。颯馬の祖母かと察した京一はお辞儀をし、颯馬に会うことは出来ないか尋ねると女性は快く家の中へ招き入れてくれた。 案内された2階の部屋。ノックをすると扉が開き、颯馬が不機嫌な顔を覗かせた。 「やあ、茅野。ちょっと中に入れてもらってもいいかな?」 「はぁ?なんでお前を……「飛鳥の話、聞きたくない?最近連絡も取ってないんでしょ?」」 颯馬は部屋に入れるのを渋るだろうと踏んでいたので最後まで言い切る前に飛鳥の名前を出す。途端に颯馬の勢いは弱まり、しばらく沈黙した後、隙間をあけて首の動きで中へ入ることを促してきた。 「で?なんだよ……」 「なんで飛鳥と昴くんのこと避けてるの?俺が昴くんのこと教えたから反省でもしてるつもり?」 「お前には関係ないだろ……」 「茅野のことはどうでもいいけど、飛鳥や昴くんに悲しい思いをさせるなら関係なくはないでしょ」 「飛鳥が……学校に戻れないかもしれないって聞いてもそうやって2人のこと避け続けるの?」 その一言で颯馬の表情が明らかに変わる。 「おい、どういうことだよ!」 「さあ……詳しく知りたいなら飛鳥本人に聞いてみたら?」 自分も昴から話を聞いてだけでまだ飛鳥に会えたわけではないのでそう答える。 颯馬は胸倉を掴んでくるが、又聞きしたことだけを伝えるよりは颯馬がきちんと飛鳥と話をすることが大切だという気持ちが変わるわけではないので黙って颯馬の様子を窺っていると舌打ちをしながら手を離した。 伝えたいことは伝えられたので、帰ろうと扉に向かうとパンツのポケットに入れていたスマホが鳴った。ディスプレイには昴の名前が表示され、颯馬の前ではあるが昴が約束もなく電話をかけてくることが珍しく急用かと思い、出ることにした。 「もしもし?」 「京一さん……飛鳥が……飛鳥が……」 電話越しにも動揺が伝わってくる。 「昴くん、落ち着いて。飛鳥に何かあったの?」 おそらく近距離にいる颯馬にも通話内容が聞こえているのだろう。表情が強張っている。 「あ……か、階段から落ちて病院にいるって……」 昴からの連絡を受けて、以前入院していた病院へと颯馬と2人で急ぎ向かうと、飛鳥は待合スペースで驚いた顔をした。 「2人ともそんなに汗だくでどうしたの?」 全力疾走して来たため息が切れて話すこともままならずにいると、先に着いていたであろう昴が飛鳥に事情を話してくれる。 「お、俺が焦って電話したから……慌てて来たんだと思う……」 飛鳥はなるほどと納得したようだった。 「僕のこと心配して来てくれたの?でも、大丈夫だよ。ちょっと1人で階段を上る練習しようとして失敗しちゃっただけだから……」 何でもないことのように笑ってみせる飛鳥だが、昴からの話を聞いていると言葉通り受け取って良いのか疑問を持ってしまう。 「そもそも何で1人だけで練習をしようとしたの?」 そう問うと飛鳥の目が泳ぐ。そして、しばらく悩んだ素振りを見せつつ、口を開く。 「…………ここじゃ人も多いから、外に出ない?」 飛鳥は母親に声を掛け、昴に車椅子を押してもらいながら幼馴染達と先に病院を出た。 「で……僕が階段から落ちてここに来ることになった理由が聞きたいんだっけ?」 昴と京一が無言でうなずくと飛鳥は優しく微笑むが、それが今は痛々しさすら感じる。 「学校に戻るにはね、僕が階段を上り下りできるようにならないとダメなんだよね。少なくとも4階分は移動できるようにならないと難しいの」 「隠しても仕方ないから言うけど、今の僕は1人だと1階分の移動も難しいのが現状なんだよね。時間があれば歩けるようになるんだろうけど……どうしても気持ちが焦っちゃって、ダメだね」 「そ、そんなの……おかしい。飛鳥が学校に行けないなんて……」 「ありがとう、すばくん。でも、仕方ないんだよ。母さんに毎日付き添ってもらうわけにもいかないし、車椅子の上げ下げを誰かにさせるわけにもいかないんだから……」 「そ、そんなの……俺が手伝うから!きっと、颯馬も手伝ってくれるから……」 昴は颯馬の方を振り返り縋るように同意を求める。颯馬も頷いてはいるが、表情からは不安が読み取れる。 「すばくん、気持ちは嬉しいけど……そういうのは、最初は良くてもお互いに段々と負担になるから。それに、僕はもう、すばくんやそまくんと一緒に卒業はできないんだ……ごめんね」 飛鳥は母親の車で帰ったので、昴と颯馬と3人で電車に乗り帰ることになったが、いつにも増して誰も言葉を発しようとはしなかった。 一緒に卒業できないということは、飛鳥は留年することが確定しているということだ。 特に昴と颯馬は一緒に入学し、一緒に卒業するという未来を疑ったこともなかったのだろう。 きっと今の2人に必要なのは時間で、自分が何かを言っても2人の心を軽くしてあげることはできない。 京一は、ただ黙って2人が無事に帰宅するのを見届けるだけだった。

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