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01:蜘蛛の爪痕

僕は別に、本気でそうしたいってわけでもないし、そうされたいってわけでもなかった。 例えば。 そう、例えばの話だ。 例えば誰かが篠山のことを食べてしまおうとするならば、指先からぱくりと口に含んでその身体を飲み込んでしまおうというのならば、それならば、僕はそいつに篠山の髪の毛一本さえ分けてやらないために、代わりに全てを食べてやろうという、今のご時勢では起こりうることはないだろう、そういうどうしようもなく低い可能性の元での例え話だ。 「だから僕は篠山を食べたい、それか、食べられたい」 当の篠山はというと、僕のことを、ああもうこいつは本当にどうしようもねえなって、たぶん今からそういうようなことを言うんだろうなって顔をして、僕を見ていた。 そう、僕を見ていた。 篠山が。 篠山の部屋で。 左手に煙草を持って。 僕を見ていた。 (ああ、なんて幸せな時間なんだ……) 「……お前には脈絡ってもんはねえのかよ、何の話だ」 「僕は今、脈絡の話はしてない、篠山こそ脈絡ってものはないのか」 「ああもうこいつは」 「本当にどうしようもねえな?」 「本当にどうしようもねえよ」 にやついた口元から煙草が離されていく。 床に置いた瓶の中に、灰が落とされた。 篠山の元カノが、篠山の健康を思って、サラダとか入れるために買ってきてくれた最近流行りのあの透明の瓶に、この男はあろうことか煙草の灰を入れていた。 瓶の中は、半分くらいが煙草の灰と吸い殻で埋まっている。 「で、何の話だよ」 「篠山の部屋で、セックスの後にしか煙草を吸わない篠山の部屋で、こうして隣にいるのが僕だってことがたまらなく幸せだっていう話」 「……ぜってー、違う話だろ」 また、篠山がにやりと笑う。 僕はブランケットで肩を隠すように布団に潜って、ベッドに腰掛けている篠山の腰元に頬をぴったりとくっつけた。 「……何してんだよ」 「同じだよ」 「何がだよ」 「同じ話なんだよ」 ふふ、と笑う僕に、篠山はちょっとだけ呆れた風に笑う。 「本当、どうしようもねえやつだな」 僕はもう、絶対に君を、誰にも渡したりしない。 落ちていく灰を見ながら、僕はにっこりと笑った。

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