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六、法師蝉
海生はその後無事に退院し、健康を取り戻した。一年遅れで大学にも進学し、無事卒業した事を従兄からの年賀はがきで知る。あの夏から更に五年経った。一紫は何も変わらず、この広い家で一人、悠々自適に暮らしている。変化と言えば、書いた本が少し売れ始めた事と、暇潰しに始めた庭いじりにハマりすぎて、花が狂い咲く様になった事だろうか。
海生が残していった「火に入った夏の虫の墓」には、たくさんのセミの抜け殻とラベルの剥がされた薬剤のケースが埋まっていた。
もうすぐ、また暑くなってくる。初夏を迎える。夕方、一紫は庭の草花に水をやる。例の墓には海生が手向けた通り鬼灯を植えた。
「一紫兄ちゃん…?」
ホースを手にしていた一紫に声を掛ける青年がいる。ラフな白いシャツに、緩く整えた髪の毛。背はあれから伸びなかったようだ。大きな西瓜を手に、更にキャリーケースを引いている。
「遅い」
一紫には、もう一つ変化があった。同居人が増えた、という事だ。この家に戻ってきた海生は、早速縁側に転がって本を読んでいる。一紫が書いた本だった。本のタイトルは「紅蓮の坩堝」。
END
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