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第1話【中学生編】——八島俊介——

 中一の夏。うだるような灼熱の暑さは、館内ではさらに倍増する。滴る汗は当然のように落ちていき、それを拭う暇なく出され続けるボールは際限がない。   「ゴラッ八島!! お前何のためのセンターや!!」  顧問の怒号でまた暑さを増す。それは他の部員も感じている。  おそらく、いや、十中八九、「八島をセンターから外せば、口うるさい顧問からの熱さは凌げる」と思っているだろう。  現に、絶え間なく出され続けるボールに対して追っているのは俊介だけで、それをカバーするためのフォローは、誰一人として追ってきていない。    バレーボールという競技は六人でボールを繋ぐ競技ではなかったか。信頼がないとこうもうまくいかない。  先輩をコートの外に追いやってコート内に立つ自分に声を掛けるのは、せいぜい、八島と同じ一年くらいだ。  冷ややかな目を向けられていても、体は冷えてはくれず、むしろ体温の上昇を感じる。 (頭が重い、足が重い——なんか、眠たい)  眠たい、そう思った次の瞬きから、眠りに落ちたような気がした。 「あ、起きた」  ゆっくりしか目が開けられず視界不明瞭だが、うちわで風を送られる音がする。冷房が効いている部屋で送られる風は、ひんやりしている。 「広大ー、八島が起きたから顧問に伝えてくれない? 俺はこのままコイツ冷やしとくから」 「……っす」 (岸先輩と、それから同じ一年の篠田か。アイツだけは先輩らと同じ立ちポジなんだよな。なんか気にくわねぇけど、経験者らしいし、そりゃぽっと出の俺がコートに立ってんだもん、ああいう態度するよな)  舌打ちでも聞こえてきそうな表情で保健室を後にする八島と同学年の広大。それを「まぁまぁ」と宥めた目の前の先輩は、篠田広大よりももう一回り小さかった。    「脱水を起こしてるらしいから、起き上がらずにそのままで」小さな先輩は、人懐っこい顔でうちわで仰ぎ続ける。 「……いつの間にか、うちの部活もすっかり強豪のなりだよね。つい最近練習が過酷になってさ」  「前はこんなんじゃなかったんだけどね」一人ごちる先輩は、こちらに視線を合わせない。  どうやら岸先輩も、先輩たちが思っていることと同じらしい。 「俺がバレー部に入ったからっスか」 「え?! 全然そんなことないよ! というか、辛いなら辞めてくれていいんだよ。誰も文句言わないから」 「……顔に似合わず、ストレートに言いますね」 「何が?」  とぼけた顔をして毒舌を吐くその舌が見てみたくなった。自分が勧誘した奴のせいで部内が、顧問が、いきなり本気になってピリつき、ただでさえ湿気の多い暑苦しい夏が混沌としていて息苦しいこの現状。  それをどう噛み砕き、どう八島に吐き捨てるのか。きっと、今以上の直球な言葉が出てくるはずだ。  うちわで仰がれやってくる風量は変わらない。 「俺、もう大丈夫なんで」 「え、ダメダメ! 起き上がらないで! ただの脱水とか思ってない? 侮ると痛い目見るから」 「いや、そういうことじゃなくて……」 「ん?」  先輩の身体が小さい分、余計に嫌味たらしく聞こえてしまう。八島と同じ体格同士なら、拳で解決することもあるというのに、それをさせてくれてない先輩の身体は、やはり、小さい。  まさか勧誘した初心者によって部内の均衡が崩壊され、緩かった部活もいつしか過酷な強化クラブ仕様に早変わりするなど、誰が予想できただろう。  八島も運動クラブ自体が初めてで、勝手がわからないままコートに入れられ、レギュラーメンバーと連携を取らされていただけに、岸先輩が声をかけてきた時から、「外れくじ」を引いたのだと悟った。  上級生からの白い目以外の応援こそあったが、そこに同情や奮起させるような声出しはない。とどのつまり、下級生としての義務を果たしているだけである。  あの先輩の口車に乗って入部した八島の今年の運勢は、おそらく大凶だっただろう。

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