2 / 44
第2話
全中(全国中学校体育大会)の夏を一回戦で終わらせた今年。どこの中学校よりも早く、三年を除いた新体制でのチーム作りを始められた。
いくら初心者ルーキーが入部したとて、夏の大会に間に合うといった漫画のような展開は当然起こり得る訳もなかったのだ。
顧問がいうには、八島が入部してきたことで天下統一が見えてきたらしい。
だが、運動部に入ったこともなかった八島に、期待とプレッシャー、それから妬み嫉み、そして夏休みの長時間練習に耐えられるはずもなく倒れてしまった。生まれ持った恵まれた体格(170㎝)とセンスだけではどうにもならない部分が、中学生にはまだまだたくさんある。
思春期特有の苛々と組み合わさって、岸先輩に「マジで大丈夫なんで、練習戻りますから」と投げやりにいった。
「俺、辞めてなんかやらないっス」
「それは大した根性だけど、無茶はダメだからね。無理に誘ってしまった俺にも原因があると思うし」
「……」
岸先輩はどうしても辞めさせたいらしい。八の字眉が恨めしい。
顧問が駆けつけた時には、岸先輩からの明らかなサインに反骨精神だけで歯向かっている最中だった。
「岸は練習に戻れ。今ちょうどスパイク練だから、球出しよろしくな」
「はい」
岸先輩はすんなり下がっていって、保健室には横たわる八島と、岸先輩が座っていたところに着座する顧問の高崎先生。
「体調はどうだ」
「大丈夫っス」
「保健室の先生からは、軽い脱水だからこのまま水分と休息を継続していれば問題ないそうだ。ただ、八島の親御さんと連絡が取れなかったから、俺が送る。病院沙汰にするほどではないらしいから、練習終わりに送って行こうと思うんだが、それまで此処で待てるか」
「っス」
「……その、しんどいか?」
高崎先生は八島と視線を合わせることなく、俯きがちにいう。先刻までの怒号と威圧的なオーラは、ただの虚勢なのかと疑ってしまう。
「……変革には大きな負担を抱えるヤツが出てくる。それがお前だ」
「はぁ……」
教師相手に相槌が「はぁ」と嘆息まじりなのに、気にも止めていないのか、話は続く。
「八島はなぜバレー部に入った?」
「……岸先輩から誘われたからっス」
「例えば、岸がバレー部じゃなかったとしても、その部活に入ったか?」
「それは、まぁ、多分」
(女絡みのあるとこは面倒臭そうだけど)
「そうか、その程度の熱量か……」
(なんなんだよ、そもそも此処私立だろ?! 私立は黙って勉強だけしてりゃいいだろ! 部活は入試のための内申点の一部にしかすぎねぇんだから)
噛み付きたい衝動に駆られるが、この後自宅まで送ってもらう身だ。ぎりぎりと拳を作ってそれを堪える。
「そりゃ、内申点のためだけの3年間のお部活程度だよな。だってここ、私立だしな」
八島の握り拳が少し緩む。
「でもなぁ、八島の才覚は発揮されるべきだと思うんだよなぁ。見たところ、運動 経験はないんだろう? 体力がまるでない。 だが、センスの塊でもある。だから、岸を筆頭に緩く部活をやってきた先輩らは、ピリついているだろうな」
「その元凶は俺でもあるんだが」と高崎先生は付け加えた。
「八島を特別扱いはしないが、特別視している自覚はある。おかげで部内は少々荒れているみたいだし」
「仲良くなる前から先輩らに目をつけられ、同級生、いや篠田からも同じような目を向けてくるんスよ。たまったもんじゃないですよ」
「……多かれ少なかれ、チームに刺激を与える存在になってしまって、戸惑うよな。悪かった。だけど、辞めずについてきてくれるか?」
視線を合わせてきた高崎先生は、謹厳実直な顔をしていう。
「お前のためにも、部員のみんなのためにも、それから俺のためにも」
「そこまで背負いきれないっス」
「背負い込む必要はない。岸がいるからな」
「……それも望み薄ですよ」
(さっき、辞めろオーラむんむんで出て行ったからな。小悪魔ってきっとああいうヤツのことをいうんだ)
「意外と素直な八島に情報をやる。まだ先輩たちの交流がない中で、六人のシート練をさせているわけだが、本来、八島の前にレギュラーだったのは岸だ」
コートにレギュラーメンバーが実際の試合を想定して、様々なシチュエーションに応じた動きの練習方法を、永徳中学は「シート練」と呼んでいる。
ちなみに、後衛の守備練習として三人で練習するパターンもある。
(ああ、なるほど)
誰よりも近くで、ストレートに嫌味をたらし込んできたのは、それ相応の理由があるらしい。
「公式戦では一回戦敗退が常の俺らなんだが、一応、記録としてカメラを回して残してあるんだ。今から職員室行って取ってくるから、それ、見とけ。んで、岸の動きだけを注視しろ。——そんで、学べ」
「きっと、お前はバレーが好きになれるから」とわしわし八島のフワッとした髪を乱す。
高崎先生も岸先輩と類似したエス同士なのかと、内心突っ込んだ。
ともだちにシェアしよう!