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第3話

 席を外した高崎先生は秒で戻ってきて、「これ、見とけよ。帰りにどう思ったから聞くからな。素人だからわからない、を切り捨てて岸だけを見とけ」とパソコンを開いて、映像を流し始める。 「ちなみに、それ、去年の冬の新人戦な。公式戦でどのチームも新体制だからポジションに慣れていないプレーが出たとしても無理ない話だ。それ頭に置いといてくれ」 「っス」 「——素直さは俺も見習わないとな。時々顔出すから、ゆっくり休みながら見とけー」  手をひらひらさせて去って行った。 「……っとに。俺、バレー興味ないっつうの。女がきゃあきゃあうるせーから、忙しめな部活に入っただけなのに。本気と言ってマジっていうレベルでガチになってるし」  保健室の先生はどうやら職員室で用事があるらしく、戻りが遅い。  となると、一人部屋と化している保健室では、小言が絶えない。  だが、映像には目を通す。 「初心者の寄せ集め集団じゃなかったのかよ。俺がちょっとセンスがあるからって部活ガチ勢に全振りしやがって」  口から汚い言葉を垂れ流しながら、頬杖をついて映像を見ていく。 「岸先輩がいるから大丈夫? テキトーなこと言いやがって。こっちは当の本人に嫌がられてんだっつうの——……」  その次に出てくる言葉はなかった。——というより、見入ってしまったから、と言ってしまった方が理由として正しい。  1試合だけ納めてあるのだと思っていたが、公式戦は全て記録に残っていた。八島は次の動画をクリックする。もはや、無意識的な行動だった。 「——おい、部活解散したから家まで送る。荷物はもうすぐ誰かが此処に持ってくるから、そのまま安静にしてろ」  「まだ見終わってなかったのか、ちんたら見てたのか?」にんまりしている高崎先生はパソコンを閉じる。 「先に車出してくる。荷物届いてもそこにいろ」 「っス……」  眼裏に未だ蔓延る岸先輩の色々なプレーが消えてなくならない。高崎先生がしたように、頭をわしわしとかいても改善することなく、再び保健室のドアが開かれる。   「大丈夫だった? 明日の練習はもしかしたらお休みの方が賢明かもしれないけど、安心して! 八島のいない間は俺が責任持ってまとめるから!!」 「……」  八島は動画の岸先輩と今目前にいる実物の岸先輩の落差に、肩を落とさずにはいられない。だが、悟られるわけにもいかない。  その結果、無言で堪えるという結論に至る。 「はいこれ、荷物」 「あざす……」 「……俺、ちゃんと八島がいてもいいチームになるって、思ってるからね!」  「先生が呼んでる。じゃ、俺帰るね」岸先輩は、高崎先生とすれ違う形で保健室を後にした。 (この人、俺のせいで部活がごちゃごちゃしてるって断言したな、今) 「八島、乗れ」 「っス」 「——乗る時は?」 「……お願いします」 「そう」  そこでエンジンブレーキを手にかけて、高崎先生の車は走り出す。 「で? 感想は?」 「……最後まで見れなかったんで……」 「なわけないだろ。何周もしてあそこだったんだろ」  ぐうの音も出ない。   「私立の中学校に赴任して数年が立つけど、岸が入部してからは、なんとなく勝たせなきゃつまらないだろうなって気にさせられてたんだ」  「たかが部活のレベルじゃないよな、アイツ」高崎はいう。 「お前らの学年のように、岸のいる学年も素人で構成されているようなもんだぞ。きっと、みんな同じ思惑だ。例に漏れず、俺もだ」  信号が黄色に変わり、高崎の車は惰性を使いながら停止する。 「——聞いた話だと、アイツ、此処らじゃちょっとした有名人らしいぞ」 「……それは知らないっスけど、でも、納得というか」 「ま、普通に上手だよなー」 「じ、じゃあ、何も岸先輩と交代させることないじゃないっスか!」 「上手なトスで打ったって、なんの練習にもならないだろ、何言ってんだ?」  これこそ、言葉を失う。だけど、八島はさらに、自身との交代に不可解な言葉を高崎先生から聞こえてしまった。  「——岸は、上手いだけ、なんだよな。それが弱点で……」。

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