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第4話

 翌日の部活も昨日と変わらず朝から夕方までみっちりある。  相も変わらず、うだるような暑さがひっついて離れない。  昨日と倒れた同じシチュエーションの三人でボールを繋ぐ「スリーマン」。後衛守備の練習だ。  今回も同様に、先輩らに挟まれたセンターポジションで、顧問からボールを出される。  足が絡まるようなしんどさの中、また、顧問から集中攻撃を受ける八島。 「多田! 篠田と交代!! それらから高良も岸と交代!!」  高崎先生は屍寸前の八島を交代させずに、両サイドのメンバーだけ交代させる。息も絶え絶えながら、「っ、はぁ……っ交代させるヤツ間違えてんだろっ」とぼやく。  だが、顧問の耳に届くわけはなく、すぐさま球出しが始まる。もちろん、どんな場合でも八島をロックオンだ。  「八島!! 上でいい!!」岸の声がつんざくように聞こえた。この暑い館内でそのような聞こえ方をするなんて、どれだけでかい声を出しているんだ、追っているボールを言われた通り——否、その程度が精一杯だった。  遠くに投げ出されたボールをもつれる足で追い、滑り込んだ手先に僅かな高さだが、上がった。刹那——「よし!! 上がった!! 篠田、後は頼むよ!」すぐ側でスタンバイしていた岸が、八島の苦労して拾ったボールを繋いだ。八島の顔付近に自身のものではない脚が筋肉を収縮させながら、踏ん張り、ボールの方向転換を行っている。  つんざくような声は、フォローで近くにいてくれていたからなのだと知るも、八島のHP(ヒットポイント)、体力は今のプレーで使い果たしてしまい、立ち上がることができない。  同学年の篠田もフォローに来ていたのか、八島の方からは見えないが、顧問のところまでボールが続いているらしい。 「へばるな!!」  尚もロックオンは継続中のようで、篠田があげたボールに対して、強打(スパイク)を打ち込んできた。 「篠田! 俺の側までフォロー!!」 「はい!!」  起き上がって元のポジション位置に戻る頃には、顧問はボールに対して腕を振りかぶっていた。  大人の力で肩から放たれた強打は重みと速さを伴いながら、八島のところへ一直線。  しかし、間に合わない。 「篠田!」  岸先輩はドルフィンキックのようなしなやかな滑り込みを見せて、八島が拾うべき強打をレシーブした。  予め指示されていたとはいえ、篠田も適切なフォロー位置で待っていたため、岸先輩のカット(レシーブ)にさほど動くことなく、容易に顧問まで繋いだ。  それも天井に届きそうな高くて、ふんわりとしたボールを。  篠田も経験者と言っていたか。自己紹介で自分のやっていたことを語る項目は必要ないだろうと思っていたが、その事実に助けられたのは言うまでもない。 「八島! 今のうちに戻ってこい!」    岸先輩の指示がなくとも、戻ってくる時間と、多少の体力回復の猶予を与えられた気がする。  篠田も岸先輩も俺を嫌っているはずなのに、フォローや猶予まで与える気概があるなど、どれだけ超えた大人なのだろう。  それに裏があるとするなら、レギュラー入りするアピール以外、何も思い浮かばない。  八島はその日、いつも以上の限界突破で、ばったり倒れた。  後もう少し粘っていれば、丸一日を制覇できたというのに。  しばらくして、意識が浮上してきても目を開ける気力がなかった。記憶も蘇ってきて、後少しのところで、また、倒れたのだと悟る。昨日と同じ保健室のベッドシーツの匂いがする。  篠田がバレー経験者であった事実はさておき、岸先輩のつんざくような端的な指示がいまだに耳に反芻している。 「先生、八島を送って行かれるんですよね」 「ああ、岸か。もちろん」 「明日も、来るんですかね」 「来ると思うぞ」 「……辞めてもいいよって、言ったことあるんです。彼、バレーに興味ないの、わかってたのに、俺が勧誘して半ば強引に入れたから……」 「こんなにバタバタ倒れられたら、自分責めちゃうよなー。だって、八島素人な上に体力がねぇんだもんなー。夏の長期休暇の部活は、大体どこもしんどいってことすら知らずに運動部に入った大馬鹿者だろうな。いつ根をあげるか分からんが……——まぁまぁ、そんな条件は新入生にはとっては誰でもほぼ同じだ。体力さえあればどれだけだって、練習できる幅が広がってくんだ。だから、長期休暇でしかできない体力づくりを今サボることはできん」  「八島を頼んだぞ」高崎先生は頼む相手を間違っている。  幾秒かの静謐(せいひつ)な空間の後、「わかりました」とだけ答えたヤツは保健室を出て行った。 「聞こえてたんだろータヌキー」  また、わしわしと髪を乱してきたが、「うわ、お前今日は汗くせぇ!! あ、昨日より粘ったんだったなあ!」とニマニマしている。  聖職者らしからぬ嫌らしい笑みだ。 「素直だけど、素直じゃないんだからー」 「さっさと送ってくださいよ。俺ん家、今日夜勤なんで、親帰ってこないっスから」 「それはまずいな……」  腕組みをしてトントンと指で貧乏ゆすりをして、「よし飯食いに行くか!!」と閃いた口調でいう。  それにはポカンと口を開ける他なかった。 「何が食いたい?」  そう聞かれると、まだまだ中学生、食べ盛りの年頃に突入しているので、「肉、それから米」と答える。 「だよなぁ、お前の体格からして、焼肉なんか連れて行ったら俺の財布がすっからかんにさせられそうだから、牛丼な!! メガ盛りでもどんと来い!」 「じゃ、キングでいいっすか? 俺、牛丼はキングなんで」 「お、おう……食えるもんならな?」 「おかわりは遠慮しときますね」 「おまっ……さすがだな。この調子だと、今がピークじゃないらしいな。180くらいは平気で伸びそうな勢いだ」 「中学生の間に行けたらそれこそ、断崖絶壁っスね——あれ、これ、女の人にいうセリフなんですっけ?」  「八島……多感な女子にそんなこと言ってみろ。八つ裂きは愚か、社会的に抹殺されるぞ」怯えたように肩を震わせていう。 (今度言ってみっかな。そうなりゃ嬉しい限りだし)

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