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第5話

「で、タヌキの八島君。君が聞いた通り、体力がなければ練習について行くことさえできない。というか、お前に体力なくて、ある意味ギャップが凄かったなぁ。が、どちらにせよ、俺の急な扱きに耐えられている先輩らは、あれでもゆるっと体力や基礎技術は岸が率先してやってきているからこそなんだ。篠田は経験者だから、ついて来れても不思議じゃないんで置いといて」  卵を割り入れて、小鉢でしっかり解いた後、並盛りの牛丼にかけて、口内へかきこむ高崎先生。男らしい食い方をしながら「夏は涼しい早朝の時間に3キロ毎日走りこめ。毎日だ。距離はそこそこだが、慣れてきたらタイムアタック形式にして筋力もつけろ、いいな」さらりと課題を言い渡した。 「……そうすれば、一日分の体力は保ちますか」 「それだけじゃねぇよ。慣れてきたら、タイムアタック形式で走り込むんだ。それもキロ。三キロをダッシュし続けられる体力が手に入れば、いろんな特典があるんだよ。まず試合中にバテなくなる。接戦では体力勝負になるからな。最後まで高く飛んで、走り込めた奴の勝ちだからな」    「次に、走り込んだ脚力はジャンプ力に活かされる。お前は技術面でもそんなに下手じゃないが、ブロックの上から打ち分ける必要のない高さが飛べたら、好きなだけ、たくさん打てるぞ」咀嚼をして、さらにかきこんでいく牛丼は、米一粒すら胃の中に納められていく。 「それは誰があげるトスなんですか」 「……——そりゃ、セッター育成中の多田だよ。お前は自主練で走り込んで自前の脚力を手に入れろ。そんで部活練で技術面を俺や岸、それからもしかすると……篠田も教えてくれるかもだから大丈夫だ!」  篠田が八島を目の敵にしていることを承知で、根拠のない助言を吐いたのだろう。  「何が大丈夫なんスか。実際、岸先輩からはストレートに嫌味言われるわ、篠田からはガン飛ばされるわで、教えてくれる気配ないっスよ」メガ盛の牛丼は何の滞りもなく、順調に八島の腹の中へ吸い込まれていく。  「うはぁ、成長期ってこえぇ」と八島の止まらない箸を見て、若干顔を引きつらせた。 「岸……なぁ。確かにお前と交代させたことで、風当たり強くなるのが、当然の態度ちゃそうなんだけど……アイツ、そんなことする性格じゃねぇんだよなぁ」 「俺、はっきり言われたっス。辛いなら辞めてくれていいんだよ。誰も文句言わないからって。他にも俺、辞めてなんかやらないって言ったのに、それは大した根性だけど、無茶はダメだからね。無理に誘ってしまった俺にも原因があると思うしって」  高崎先生は、食べ終わった食器を見ながら「そうだったな。お前ら、中学生だったもんな」と不可解な納得をして、コップのお冷やを一気飲みする。 「それについては、大丈夫だ! というか岸に聞け! ストレートにもの言う奴だったんなら、答えてくれるはずだ」  「おら、とっとと帰るぞ」と高崎先生は八島の空の食器を確認して席を立った。 「——奢ってもらったら?」 「ゴチっス」 「そう。……その素直さ、絶対忘れんなよ。いつかきっとお前の武器になるから」  だが、八島にはその素直さが自分に初期装備されていることを自覚していなかった。 「明日は休みだ、しっかり体のあちこち冷やして、クールダウンしとけよ。自分のためにな。次の日楽になっから」  そう言い残して、夜の住宅街を法定速度ギリギリの速度で走行して行ったと思われる。数秒ほどで、見えなくなった。

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