6 / 44

第6話

 ただただ辛い(精神的にも)夏休みも終盤を迎え、八島が倒れる回数が格段に減った。  だが、「スリーマン」の時の高崎先生は八島を交代させず、両サイドを他の部員で回していく鬼畜っぷりは健在だ。  高崎先生の鬼畜の所業が、先輩らに「流石に可哀想」と映った複数人の先輩から、徐々に同情の眼差しと励ましの言葉をかけてくれるようになった。  それだけではない。 「八島ー、ストレッチ!!」 「っス」 「最初ペアになった時から思ってるけど、カッタイなー!」 「……」  練習後のストレッチに、岸先輩がペアを組み始めたのだ。契機となったのは、八島が倒れてタヌキを決め込んだ日からだ。  容赦なくぎゅうぎゅうに押され、控えめに痛い(すごい痛い)。    さして仲良くない相手に容赦無く痛めつけることができるのは、やはり、高崎先生から面倒事を頼まれたからに他ならないからで——。 「岸ー、八島痛がってるぞー」 「へ、そう? 無表情だから分かんなかった!」  同情を寄せる先輩たちの神の言葉により、岸の力が緩む。 「無表情って……八島は結構、いろんな顔するぞー」 「えー、うっそだぁ」 「ほら、今だって、岸から開放されてちょっとホッとしてる」 「え……」  長座になっている八島を後ろから、ヌッと覗き込んでくる。 「……?」 「……」 「……!」 「……分かんない」  「鈍感か!!」と周りのツッコミのおかげで、岸先輩との距離の近さに一瞬ドキッとしたことを誤魔化せた。  一方で、舌打ちも聞こえた。   「俺にも分かるようになる日がくるのかなー」 「ストレッチ、交代します」 「ありがとうー!」  攻守交代したところで岸先輩の背中を押した。 (この人は部内一体が柔らかいな……)  しっかり足の爪先を両手で捕まえていられる柔軟さは、八島の補助がいらないほどだ。    「八島、もっと押して」岸先輩の顔が見えないが、一生懸命に柔軟している。 (これ以上どこを伸ばすって言うんだよ)  だが、先輩命令なので、しっかりめに背中を押す。華奢で細いので、力加減を間違えないように、細心の注意を払う。  ストレッチ後はネットを片さずに解散となる。明日は午後から練習だが、誰も使わないのでネットは放置でいいらしい。  午後からというゆとりが、今朝のランニング開始時間を遅らせる原因になってしまった。3キロ走り終わる頃には、既に炎天下の中であった。  帰宅して、汗を流し、午後からの部活に赴いた。    「スリーマン」が板についてきて、床にボールを落とすシーンが単純に減った。故に、ラリーが続けば続くほど、一ターン毎の運動時間が長くなる。  つまり、一瞬の休止なく動きっぱなしだ。  蒸し器と化す館内で、それは地獄になる。  強打や意表を突くフェイントを織り交ぜられ、足に強い負荷がかる。  幸い、篠田や岸先輩が両サイドのどちらかにいると、八島に対して指示が下る。それを忠実に守っていると、不思議なことに高崎先生から裏を突いて「何かされる」というシーンが減る。  それが何故なのかまでは分かりかねるが、岸先輩や篠田がいると、少し楽なのだ。 「おい!! 八島!! 後ろくるぞ!!」  篠田がレフトサイド側いっぱいに走り込んで体勢を崩しながら、一本でボールを顧問へ返す。そのためか、顧問に対してほぼ鋭角に返してしまい、三人全員のポジショニング(構え)をとる時間がない。  だから、岸先輩からの「後ろにボールが来る」という指示で、慌てて前へ突っ込む必要はなくなった。  「ほーう、岸、お前優しいな」高崎先生は確かにそう言った。 「篠田! 大きく頼むよ!!」 「はい!!」  鋭く返されたボールの勢いを殺して、すと、と顧問自身の足元にフェイントを繰り出した。岸先輩は一本目を触る。そして、予め頼まれていた篠田はいつものごとく、天井ギリギリまで大きくあげた。 (チッ、岸先輩の時だけやけに揚々としやがって)  これでポジショニングの猶予ができた。 「岸ー。お前に打つぞー」  ボールの降下時に顧問は指示をして、体ごと岸先輩の方向を向いた。  八島は岸先輩の側まで上がり寄って、取りこぼし等のフォローについた。    だが、飛んできたのは、一本目に岸先輩が触るはずだった強打。  しかも、深く下がったセンターラインを見越した強打で、勿論、前に上がっていた八島の顔面を直撃する。  これが原因で久々に倒れることになった。

ともだちにシェアしよう!