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第7話
「大丈夫か? まさかあんなに引っかかるとは思ってなくて」覗き込まれる視界に見覚えがあった。
高崎先生と、それから場所は保健室だ。
それから、鼻呼吸のし辛さから口呼吸に変える。
「……」
「気分は悪くないか?」
「今のところは。それで、俺……」
「俺のスパイクを顔面でモロに受け止めたから、鼻血ブーだよ」
仰向けになっている自身の視線を下げてみると、ティッシュの切れ端がチラチラ見える。
「……それで倒れたんですか?」
「いや、それだけで倒れるようなことはないと思う。お前に心あたりはないか? 寝不足だったとか、水分を取ってないとか」
「……今日のランニング、早朝じゃなくて、割と日中にした気がします」
「はぁぁぁ」
嘆息をひとつこぼして、「部活の筋トレや走り込みの時間を早い時間にやってるだろ?」と頭を抱えていう。
「ま、今日のお前の転倒は派手だったもんで、あれで練習を辞めた」
「す、すんません」
「いや、ちょうどいい。話をしようじゃないか」
高崎先生は自らの手を固く組み始めた。
「はぁ。ちゃんと上手になってるよ。物凄いスピードで。だから、焦んな。無茶すんな」
「お前の素直さが怖くなるし、心配になる。岸の気持ちが少しわかった気がするわ」嘆息をひとつこぼす。
「どうせ、岸先輩は無茶するくらいなら辞めろ、とか俺に頼まれたから面倒事を引き受けているだけとか、思ってるんだったら大間違いだぞー。本人と話せとしか言いようがないがな」
「……」
無言で肯定の意を表した。だが、高崎先生の見透かした発言は癇に障る。高崎先生と岸先輩(それから篠田はこの場合には重要人物なのか)との相関関係が気になる。舌が思わずチッタチッタと鳴りそうだ。
「お前が倒れると毎回、回復体位を取ってくれてる。今回の鼻血の処置なんかは全部岸がやってんだぞ」
「え」
「マジだよ。真っ先に飛んできて、冷静にお前の対処をしている。本来は俺がすべきことなんだぞ。それも俺がお前のことを任せたという前からだ。——最初から、お前を気にかけている」
「絶句はその辺に、スリーマンの話に戻していいか? これも岸がお前を気にしていることと関係があるからな」寝たままの八島の頭を優しくわしわし触る。
「スリーマンの時、岸はお前に指示をしたな。後ろに来るぞ、って」
「だから、俺は前に突っ込む必要がなかった」
「篠田のレスポンスが速かったからそう言ったんだ。もし緩やかなボールであれば、強打を打つのは当然だしな。しかもその時、八島は後ろにいて、プラス、とてもバテていた。となると、フェイントのために前に来させるのも、フォローさせるのもキツいだろう」
高崎先生の話についていくのに必死だが、自身のプレーの振り返りで結果として、鼻血を出して倒れているわけで、いささか恥ずかしい。
「だから、岸はあえて篠田にフォローを頼んで、八島を後ろで待機させた。フェイントを出せ、と言われてるようなもんさ。これで1ターンはお前にボールを触らせずにラリーが成立する。俺はそれに乗ってやった」
「……」
(ああ、だから、あのセリフが出てきたわけか)
「ほーう、岸、お前優しいな」といった顧問の背景には岸先輩と篠田の策略があったということだ。八島だけが知らずに、ただ、指示に従順に従っていた。
まるでピエロのようだ。
「そこまでは良かった」
その後のプレーは八島の鼻が物語っている。羞恥心に見舞われて、鼻に詰め込まれていたティッシュを抜き取った。ティッシュを抜いた鼻からの血は止まっていた。
「岸や篠田の指示がいつも的確だから、二人が両サイドにいる時は体力的に楽だろう? それは経験が豊富だからだ。つまり、お前より上手というわけだ」
「……」
「で、岸へのフォローなんて、取りこぼした時用に前に詰めるより、心構えくらいで十分なんだよ。もっというなら、裏をかいて自分にも打ってくるかもしれない心構えが必要なのに……」
ふは、と笑いを堪えきれなかった高崎先生は、口元を隠していった。「俺の言葉を過信して……クク」。
「仲間の言葉を過信するのは別に悪いことじゃないが、スリーマンの時の俺はあくまで敵だ。一切信じるな」
「……っス」
「とまぁ、説教はこのくらいにして帰るか。一応、敵チームの言葉は信じるなということだけ頭に置いておけ」
「送ってくれるんですか」
「——おうよ。何だ。また、牛丼でも食いに行っちゃう?」
「メガ盛りのおかわりを企んでます」
「ほーう」
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