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第8話——篠田広大——

 小学校の夏休みと違って、中学に進学した途端にクラス内で聞こえるのは「夏休みの部活って走り込みばっかで、一回は倒れる奴が出るんだってさ」という夏練の過酷さばかりだ。    それはいい。新学期早々機嫌の悪そうな仏頂面がバレー部に入部してきたのだ。ソイツをみんなのいう夏練の地獄で追い返してやれ、そう思っていた。  そして、実際に夏休みに突入して、仏頂面もとい、八島は何度も倒れた。館内の蒸し暑さと持久力の無さがそうさせているのは明白だ(余談だが、あれだけの図体で素人だと知ったのは彼が入部してしばらくしてからだった)。  だが、顧問が明らかな期待とプレッシャーをかけているのも、原因の一つだろうがそれだけではない。先輩らが八島の恵まれた体格とセンスに、「賛成派」と「反対派」とで二極化してしまっていることにも因るだろう。  スリーマンから六人でのシート練をする際、新入生を除いたメンバーでやっていたが、それが全中予選(中学生の間では中体連というらしい)を1回戦で敗退し、新体制に替わってからは素人同然のメンバーに総替えされた。  それから、みんなが危惧していた通り、夏休みの部活は暑さと体力との勝負だった。    けれど、篠田は暑さだけ気にしていれば良かった。シート練に入れば経験者である篠田がメンバー落ちして、体格に恵まれただけの長身の八島にその座を横取りされたからだ。さらに、岸先輩さえメンバー落ちしているので、顧問の目は節穴だろう。かと言って、チーム構成は年功序列ではいかないことくらい理解している。    それを抜きにしても、下手くそなチーム編成だと思った。率直に。  しかし、その考えを改めせさられるのはそう遠くなく、八島がただ体格に恵まれた奴でないことは、顧問の過度なプレッシャー以上に本人のプレーをみて痛感した。  唯一の経験者である岸先輩が気にかけているのだから信頼性も高い。  彼はこの地域一体の小学生やその父兄の間では、有名人だ。一年や二年経ったくらいでは色馳せない経歴の持ち主である岸先輩。  それが弱小校の私立に入学していたとは篠田自身も酷く驚いた。    彼なら強豪校に転校までして自らの環境を整えるだろうと思っていただけに、入学して同じ部活の先輩として目の前にいることが不思議で仕方ない。今でもだ。  そして、八島は徐々に期待に応えようと踏ん張り出した。  真面目に部活をしているだけなのに、センスがあるというだけで、彼はめきめきと頭角を見せ始める。  つい数ヶ月前まで素人でした、と誰が信じるのだろう。  シート練に入って、蚊帳の外へ追い出された篠田は、ただただ、俯瞰する眼に支配されていた。  「八島!!」倒れた八島に岸先輩が我先に駆けつけて、回復体位をとってあげて、高崎先生からの指示を仰ぎ、保健室まで同行する。一後輩のために甲斐甲斐しくしているのではなく、歴とした「えこひいき」なのだと実感する。おそらく、八島の「賛成派」なのだろう。    恵まれた「体格」と類い稀なる「センス」と、それから多少の「努力」。  これらが岸先輩を八島の下僕化とさせたのであれば、それは違うと教えてやりたかった。  八島が踏ん張れば踏ん張るほど、度々気力に追いつけなかった体が悲鳴を上げて倒れる。保健室まで行ってなかなか目を覚さない時は、岸先輩も戻ってこない。なので、他のメンバーを使って体育館に連れ戻し、八島の代わりとして代打で六人の中に投入された。  六人の中では一番に経験も技量もあるはずである岸先輩が、セッターとしての本領を発揮してくれている。  篠田は画面外からの観戦のようなものだったが、岸先輩のアピールできる機会が得られただけで、それだけで誇らしい気分になった。  外聞を気にしていえば、「八島」の代打であることが歯痒いが。  球拾いをする先輩らも口々に「やっぱ、岸を入れときゃ、安定すんだよなー。つか、外す理由が見つかんねぇのに、顧問ってバカなのか?」と不満を垂れる。   (当たり前だろう。岸先輩を誰だと思ってる)  「でも、八島が居てくれなきゃ、得点源がなくなるだろう」という声にぴしり、部内に亀裂が走る。外野が騒いだところで何も始まらない。  篠田は、亀裂の入った先輩たちの会話を静観する。  

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