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第20話
枇杷中に到着してからは時間の経過が早く感じた。
試合が間もおかずに行われているが、ベンチを温めている岸にとっては何も問題ない。
だが、突然その役は回ってくる。「岸、多田と交代だ」高崎先生からお呼びの声がかかった。
「岸、分かってるな。勝ちに拘れ。それだけ頭に置いて行って来い」
「はい」
経験の浅い多田は、自陣だけではない相手の情報も逐次共有していたために、疲弊した表情を隠せていない。
「岸と交代かよ……っとに……」
「あ、何だよ」
「あとは任せたなんて言いたくねぇだけだよ!!」
「ふふ、大丈夫だよ。無難に楽しくやり過ごすから」
「ん?」
多田に言及をさせる暇を与えないように、コートインした。そこにはスパイカーとして岸を待っている篠田と、みんなが「この曲面、いつも通り頼むぜ」と迎えてくれる。
「了解!」
(いつも通り、ね)
主審の笛が鳴り、相手のサーバーが構える。主審といっても、同じ中学生が審判をするため、なおざりにしか見ない。つまり、八秒カウントはないと思っていい。
永徳中学に進学してからは、練習試合というものをあまりしてきていないので、枇杷中と聞いてもすぐには特徴がわからない。
強いて言うならば、コートにいる全員の背丈が低めの集団であると言うこと。
(これは多田が疲れるのもわかる気がする)
上の空であまり状況を把握していなかった岸は、笛が鳴ってからそれをする。
岸の予想通り、コートに立ってから随分と経過しているはずなのに、得点だけで言えば十ポイントも進んでない。もっと言うなら、接戦で引き分け。
均衡した状況で5ポイント分しか進捗していないのだ。
体力的にも精神的にもクるものがある。
(だよねぇ。ボール落とさない方が勝ちに近いんだもん。守備は強いよねぇ)
枇杷中のパッとしない攻撃力に冷や冷やすると言うよりは、なかなか点を決めさえてくれないことに自陣のスパイカーたちは焦燥感を顕にしている。
むやみやたらにブロックを躱しては拾われて、これを何度も繰り返す。
坩堝にハマるとこの試合、否、今日一日は使い物にならなくなるスパイカーが出てくるだろう。
その戦況下で、誰一人としてトスを求めない者はいなかった。
闇雲に打つくせ、我の強いスパイカーたちはぎゃんぎゃんと吠える。
「もう、しょうがないんだから」
岸は相手の速いテンポに自ら呑まれていることを自覚していた。背が低い分を補うために、スピード勝負できているのは一目瞭然。彼らの選択肢に「オープントス」はほとんど視野にない。
実際に岸がコートに立ってからは一本もないのだから頷ける。
相手は常に速いトス回しで勝負しているが、こちらの強みはスピードではない。
岸は自身のところへくるパスをふんわりとした柔らかなトスに変換して、高良にあげた。回転を完全に殺し切った贅沢なボールは、高良の大好物だ。
「ありがとよ!!」
一番好きなボールを力一杯振り切りたくなる衝動は、スパイカーの性というべきだろう。
だが、均衡を破ることは互いに叶わず、結果は敗北。相手の体力勝ちといったところだった。
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