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第44話——高崎陸斗——

「高崎先生、男子バレーの部員が呼んでますよ」  季節の変わり目は、生徒の教室にエアコンを入れるタイミングが難しい。職員室では一足先に冷房が効いていて、部活終わりの汗ばんだ体を冷やしていく。  そんな中教員の許可で入室してきた篠田が、高崎の前で凛とした表情を作る。 「先生、僕は——」  篠田の意見は立派なものだったが、全部を聞き入れるわけにはいかなかった。直談判などをして、部活に人一倍熱いなと感じてはいたが、どうやら、それは間違いらしい。  特定の人物を祭り上げることに執念を燃やしているだけの、ただの執着だ。 (あの様子だと目の前の岸じゃなくて、前の岸を見てる。でも、賭けても良さそうだ)  篠田を退出させた後に残る微かな希望が、胸を小躍りにさせる。 「不変打倒な奴なんかそういない。だからこそ、偶像崇拝に近い思いを岸に寄せてるのかもな……」    篠田の狂信的な部分は、思春期の特有のソレと蓋をして、一縷の望みを篠田に託した。  ——八島にはこれ以上の荷を乗せるのは気が引けたのだ。  高崎は着信履歴の一番上の欄をタップする。数コールで繋がるのはいつものことだ。  「お、今日は飲み行くか?」と開口一番にいう着信相手に、思わず笑みが溢れた。 「ああ、いつもの小汚ねぇとこで」 「今から迎え行く」 「じゃあ、明日も学校まで送れよ」 「分かってる」  高崎に一緒に飲みに行く口実を言わせず察してくれる同期の日向。  背もたれに凭れて一息つく。練習試合を組まないかと誘われた日は、向こうが高崎の様子を見るためにわざわざ飲みに誘ってくれたことを思い出す。 「——あ、そういえば高い酒を飲んだ覚えが」  だが、その日は泥酔していた為、記憶が曖昧だ。無愛想な大将がいるところはどうしてもアットホームに感じてしまい、泥酔するまで飲んでしまう。  だから、毎度のように思うのだ。いつもベッドまで運んでくれる面倒見の良い日向に、どうして嫁ができないのかと。今年三十五でアラフォーの仲間入りを果たした二人にとって、結婚話は所構わず出てくる共通話題だ。 (世の女性は面倒見が良すぎると母性本能がくすぐられなくて、モテない、とか? だったら俺はとっくにオカンのような女性と結婚してるはずだもんなぁ)  着座したまま伸びをする。伸ばした腕から左手の薬指に視線をやる。 「……」  幻の指輪が見えた——気がした。誰との指輪かは分からないが。 「高崎先生、まだ帰られないんですか?」 「あ、今村先生」  このタイミングで女性の教員が声をかけてきたのだ。意識しない訳もなく、言葉を詰まらせながら「えっと、日向、先生を待ってるんです」と答える。 「あー! 枇杷中の!」 「部外者なのによく来るアイツです」 「仲が良いですよねぇ!」  飲みに行く時は必ずと言って良いほど、永徳中学まで迎えに来るので他の教員もソイツの存在を知っている。本来なら有り得ない話だが、それを当然のようにやってのけるのは日向の人たらしな部分もあるだろう。  だから、「アイツ、独り身で結婚してないから、寂しいんですよきっと」と余計なことまで話してしまった。 「あら、そうなんですか?」  今村先生は体育教師で高崎とさほど年齢差はない。女性らしい引き締まった身体はピチ、としたジャージ姿と相性が良い。 (日向が好きそうなタイプなんだよなぁ)  体育会系出身の彼女は、教師になった今でも短髪にしていてとても快活なイメージがある。高崎とは正反対でエネルギッシュな先生だ。 「興味、あります?」  思わず、聞いてしまった。  今村先生は一瞬驚いて、それから「あります——」と言った。その直後だった。

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