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第43話
「岸さん」
部活終わりに一緒に帰宅する。
篠田はあれから落胆に似た肩の落とし方をして、そそくさと体育館を後にしていた。
「……」
「どうした? 八島」
「い、いや。なんか、最近篠田が、俺に突っかかって来なくなったなと」
(しまった。この話題はきっとしちゃいけないヤツだ)
「その分俺にきてる気がするよ」
「アイツ、何神経質になってんスかね」
若干の気まずさを感じながら、二人肩を並べて帰るこの道が、なんとなく心地よかった。
「篠田は俺のことを知っていても、内情を知っているわけじゃないからね」
哀愁さえ感じる眼差しでこちらを見る。
「俺よりあの子の方が、俺の過去の栄光に縋りついてるんだよ」という岸さんの姿に、生唾を飲み込んで、混濁した嬉々とした感情と欲を流し込んだ。清濁併せを呑むともいうべきか。
「あの! 岸さん」
岸さんを呼び止めて、少し先で八島と同じように歩を止めた岸さんは、部内全体の前で見せる社会的な笑みを見せる。
だから、八島の精一杯の励ましを——さっきは邪魔が入ってできなかった初めてのキスをした。外聞もある公衆の面前なので、ほんの少し、触れるだけの初々しいものだった。
「さっきは体ばっかりって言われたんで白状すると、本当はこういうことからしたかったんスよ。俺、初めてそういう風に人の体を触ったから、思ってる以上に興奮して何もかも未遂で終わってちょっと悔しいっス」と少々ぶすくれていう。
「ふふっ、八島ありがとう」
「え?」
「なんでもない! ねぇ、そこの陰でもう一回してよ」
指差す木陰に隠れて、八島は自分と一回りも小柄な岸さんを抱きながら、少し長めのキスをした。
外でなければ、舌も入れてみたかった。
岸さんは「そうだよね、俺たちまだ中学生だもん。そんなオトモダチ、いるわけないよね」と言いながら八島に抱きついた。
湿気が気になり出す初夏の帰り道。西陽のせいで岸さんの赤らんだ頬を見られなかったことが悔やまれた。
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