35 / 158

第35話 高梨の働く姿 

◇◇◇  翌日、陽斗は定期検診もかねて主治医の病院を訪ねた。オメガを専門とする老医師で、幼い頃から世話になっている先生だ。  フェロモンが少しだけ出たようだと伝えたら、触診とエコー、そして血液検査をされた。 「うーん。どうかなあ」  診察室で対面に座る白髪頭の医者が、エコーの画面を見ながら首をひねる。 「分泌腺に変化はないようだよ。触った感じもまだ硬かったし、血液検査の結果も数値が低いままだ」 「そうですか」  では高梨が嘘をついたのだろうか。 「しかしまあ、いつ発情がきてもおかしくない感じではあるかな。数値的には」  血中成分のオメガに関する項目を陽斗に見せながら説明する。 「どうする? 発情誘発剤を投与してみるかい。前に試したときは効果が出なかったけれど」  発情誘発剤、と聞いて考えこむ。  陽斗は二十歳になったときに誘発剤を一度、処方されたことがあった。  発情は一般的に十歳から十六歳までの間にくるが、その兆候がまったくない陽斗は、『メンタル面で不安があるせいで発情が起きない』と心療内科から診断されていたので、強制的に薬で発情を誘発しようとしたのだ。  しかし結果的に発情は起きず、代わりに副作用のひどいめまいと吐き気、頭痛に数日間悩まされた。 「……いや。あれはいいです」  そこまでして発情したいかときかれれば、もう少し様子を見てからでもいいかと考える。 「じゃあ、また三ヶ月後にね」 「はい。わかりました」  陽斗は医者に挨拶をして、診察室を出た。  帰り道、駅で電車を待ちながらスマホを取り出す。メール受信表示があったのでひらくと、人材派遣会社の担当女性から一件だけ募集があると連絡がきていた。動物病院のトリマーだという。 「やった」  陽斗はすぐに、採用試験を受けたいと返事を送った。  今回こそは就職を決めたい。そう考えながらやってきた電車に乗り、空いていた席に座った。

ともだちにシェアしよう!