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第34話

 発情期のちゃんとある光斗ではあるが、今までに恋愛経験はない。いつか出会う番のために、発情のつらさをこらえながらきちんと貞操を守っている。  そんな相手に、事故のように起こってしまった自分の初体験を告白するのは躊躇(ためら)われた。 「そうなんだ」  光斗が陽斗の服に顔を埋めてクンクンする。 「はぁ、いい匂いだね。この人。やば、またしたくなっちゃうよ」 「んなら、たくさん抜いて、楽になっとけ。今夜はちゃんと夕食作るから。それで、ゆっくり休みな」  頭を撫でてやると、光斗はシャツに顔をこすりつけるようにして答えた。 「わかった。そうする」  自分と違い甘え上手な光斗が、ふにゃりとした笑顔を見せる。陽斗もそれに笑い返した。  部屋を出て、台所へ向かいながら自分の服の匂いを嗅ぐと、たしかに少し高梨のフェロモンがついているような気がした。  甘い、けれど刺激的な雄の香り。そこいらのアルファとは違うハイソで魅惑的な匂いだ。陽斗はいつの間にか足をとめて、ウットリとその薫香に酔いしれていた。すると端整な男の顔も浮かびあがってくる。  あんなにムキになって怒る必要なんてなかったかもしれない。高梨の言ったとおりフェロモンが出ていたのなら、襲われたのは彼のせいだけではない。なにより、あの人は自分に親切にしてくれたのに。 「俺って嫌な奴だよな」  けれどこのまま陽斗に失望して、嫌いになってくれればいいのにとも思う。自分は彼に応えられるオメガではない。  だから、きっと反発して、遠ざけようとしてしまうのだ。 「ああ、もう。なんでこんなに悩まなきゃいけないんだよ」  ままならない自分の想いに悶々となり、廊下の真ん中で短い黒髪をクシャクシャと乱暴にかきまぜる。  それでもこちらに微笑む美しい顔は、簡単には消えてくれなかった。

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