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第1話 日常
その男は医師学会で初めて黒崎 を見て、夢中になった。
天使のような美貌と無表情というアンバランスさにも惹かれた。
そして、ありとあらゆる手を使って、彼の近くへ行くための画策をしたのだった――。
*
沢井 と川上 の空き時間が珍しく重なり、社員食堂へ遅い昼食を食べに行ったとき、テーブルは隅の二人掛けしか空いていなかった。
二人はそれぞれ定食のトレイを手に、しかたなくその狭い席へ座る。
「おまえとこんな狭いテーブルで向かい合ってメシ食うと、なんとなく味が落ちるよなー」
味噌汁をすすりながら、沢井が文句を言うと、川上も負けじと言い返す。
「悪かったなー。一緒にメシ食う相手が、愛しの黒崎じゃなくって」
声をひそめているのは、沢井と黒崎が恋人関係にあり、同棲までしていることは、絶対の秘密だからだ。……なにせ二人は男同士で、それに加えて沢井も黒崎も、タイプは違うが超美形で、女性看護師や女性患者の憧れの的なのだ。
二人の関係が知られたら、病院中大パニックになることだろう。
「でもさー、まさ……黒崎と一緒にメシ食うと、食べるスピードが落ちるんだよな。だから急いでいるときなんかは、もう本当大変で」
形のいい唇に薄っすらと微笑みを乗せて、沢井が呟く。
「……? なんで、黒崎と食べるとスピードが落ちるんだ?」
「だってさ、あいつ食べてる姿もかわいいっていうか、優雅でさー。で、つい見惚れちまってスピードが落ちる」
「そうでっか。……ほんと沢井、おまえ黒崎にメロメロなのなー」
「悪いか?」
沢井がのほほんと言うと、川上は半ば呆れ、半ばうらやましげな溜息をついていた。
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