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第2話 好青年
同じ頃、黒崎も仕事を終え、社員食堂へ向かっていた。
黒崎はもうこの日のシフトはないので、遅い昼食をとったあとは図書室で少し調べものをしようと思っていた。
和浩さんは確か夕方の外来担当だったから、早めに帰って晩御飯作って待っていてあげよう……。
暖かな幸福感に満たされながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「黒崎先生?」
「え?」
黒崎が振り返ると、今までこの病院では見たことのない青年が、白衣を着て立っていた。
黒崎と同年代と思われるその青年は丁寧に挨拶をしてきた。
「初めまして。先週からここで勤務している、精神科の鈴本透 です」
彼はそう言い、胸ポケットについたIDカードを見せると、
「黒崎雅文 先生ですよね?外科の」
重ねて聞いていた。
「……そうですが、どうしてオレのことを?」
「黒崎先生は憶えてらっしゃらないでしょうが、一度学会で顔を合わせているんですよ。そのときに名前も知りました」
「ああ……。そうだったんですか……」
「よろしく」
明るい笑顔を見せる鈴本は、爽やかな好青年という印象だった。
人懐っこい性格なのか、親しげに黒崎に握手を求めてくる。
黒崎は少し困惑した。
沢井と結ばれ、愛し愛される幸せを得た黒崎は、以前と比べれば、無愛想さが若干改善され、少しは協調性もついてきた。……でもそれは以前と比べれば、の話だ。
沢井と二人きりのとき以外は、相変わらずほとんど無表情だし、他人とかかわることが苦手なところも変わっていない。
凍り付いたように固まっている黒崎の手を、鈴本は自ら伸ばして握手をした。
「黒崎先生、今からお昼ですか? オレもなんです。ご一緒していいですか?」
「はあ……」
鈴本はどんどん黒崎に話しかけてきた。
年は黒崎よりも二つ上で、この病院に来る前はF大学付属病院にいたという。
明るくて人懐っこくて、本来なら黒崎とはあまり合わないと思われるタイプだったが、さすがに精神科の医師である。話し方や視線の持って生き方が巧みで、苦手意識を持たせない。
黒崎にしては珍しく、ほぼ初対面だというのにそれなりに打ち解けることができた。
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