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案件3:ミス、リトルモンスター、パトリシア
『ハイ、萱島さん元気?
私は別に普通。未だ携帯が買えてないのと、契約書も先に返送しちゃいたいから手紙にしてみたわ。金曜日には会社に着くからよろしくね。』
国際郵便だ格好いい~、なんて浮かれた気分になったのも束の間。萱島は3日で散らかした机に頬杖を突きながら、彼女が綴った筆記体を追う毎に顔から生気を欠いてゆく。
『どうでも良いけど、義世って無駄に気を使いすぎじゃない?
彼のいいところでもあるけど、正直24時間一緒にいたら気疲れしそう。
あ、うーん…悪口書いちゃったごめん、内緒にしといて…でも萱島さんもそういう所あるし、日本人の気質なのかな。なんか生き辛そうだよね。
取り敢えず手疲れたから書くのやめるね。
Take care, パトリシア』
「――社長の妹だこの人!!!」
「そうですね」
蒼白な顔で叫喚するも、隣の牧君は「なぜ事実を叫ぶ?」と言いたげに眉を寄せている。
違う、そう言うことじゃない。形骸的な話じゃなく、実質的にもそうでしかない。萱島は派手な音と共に席を立ち、何か発掘しようと出前のパンフレットを掴んで漁り始める。
「いいい、今からでもなんかこう…情緒を育もう…社長に無いものを。違う特性を育てれば、違う生き物に成長する筈だ」
「ソシャゲの話?」
「ヘイSi〇i!!17歳の女の子を軌道修正する方法!」
「萱島さんのi〇honeはやる事多くて大変だなあ」
件の社長のご親族――パトリシア嬢は入社に当たり、履歴書、パスポートの写しと共に数行の便りを送ってくれた。今はロスで束の間のバカンスを楽しんでいるらしい。
聞けば生後から兄妹が邂逅した例はなく、まったく別の国で別の暮らしを送っていたそうなのだが。彼らが似通う由縁…道理はない筈なのに、諸悪の根源を考えるとすればそれは。
「どうして別々の所にいて似るのか…最早お父さんに原因があるとしか思えない」
「でも社長のお父君ってめちゃめちゃ凄い人なんでしょ?」
「凄い人って変じゃん、何かを犠牲にした故の才能じゃん」
「沙南、お前御坂先生を悪く言う気か」
まったく別方向から、別方向の指摘が飛んできた。
険しい表情の戸和くんに向き直り、珍しく萱島はフォローもなく明け透けに語る。
「いやあの界隈全員変だよ、社長も含め全員変、AB型だし」
「しかしサイコパスが魅力的なのも事実…これは厄介なことになりましたね支部長」
右からは千葉君がミュージカルみたいに加わってきたが、一体何をしているのだろう。確か半休をとってスキーに行くと豪語していたが、ゲレンデより気になる話題に休暇を奪われたらしい。
「彼女がもし社長側につけば、俺たちの窮地は必至…逆らえない人間が2人に増えては最悪です」
「確かに、研修中に責任者が土下座なんてことになったら目も当てられないな」
「それ君の話だよね?ボケてんのそれは?分かってて煽ってんの、分からん…君がもう分からん」
塞ぎ込む萱島はしかし、不意にある事実に気付いて面を上げる。確か燃えるゴミを出したのが一昨日、明日働けば休みだ!と歓喜したのが昨日。目をこすってカレンダーを覗けば、煌々と輝く「FRI」の文字が其処にあった。
「フライ?キョウ、キョウフライデー?」
「ああ~!そう言えば今日金曜でしたっけ!ずっと地下に居るから曜日の感覚麻痺してましたよ」
「債務者使ってシェルターでも掘ってんのか?この会社は」
「…兎に角!君たち!仕事は休止、歓迎会!今すぐ歓迎する準備!」
最早何の為かも分からない勢いで萱島が拳を握った瞬間、ピロロロロ…と書類の山に埋もれていた内線が鳴る。内線に掛けてくるとは即ち社内の人間であるが、一体こんな昼間に何用だろうか。
どうせまた間宮パイセンが寝ぼけて「俺のピッチどこに置いた?」とピッチから掛けてきたに違いない。そんな程度の気構えで萱島が応答すると、機械からは何やら上ずった声の海堂くんがまくし立てていた。
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