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案件3-2
『――支部長!エントランスに推定17歳の白人女子が訪ねて来てるんですが支部長、もしかして…!』
逼迫した声を耳に、上司が椅子をなぎ倒してモニターへ飛びつく。エントランスの監視カメラ映像には、確かにイラクで見たあの子がスポーツバッグを手に突っ立っている。
態々国際郵便で書類を送ってきた意味はなんだったのか。否、受付印を見るに何やらたらい回しにされた跡があるため、どうやら相当前に送られたらしいのだが。
『俺が案内して構いませんか!?この清らかな少女を男の園へ誘って大丈夫ですか!?』
「言い方きっしょ…待って、此処は面識のある自分が迎えに」
『あ、――…ちょっと電話代わりますね』
最期まで聞かぬ間に遮られ、突然独特の訛りが残る英語が飛び込んでくる。
ミス・パトリシア。セクハラが怖いから、ディーフェンベーカーさんとお呼びすべきだろうか。兎にも角にも挨拶を返せば、彼女は声を潜めて真っ当な疑問をぶつけてきた。
『…ねえ萱島さん、何なのこの建物…地下組織?ウイルスでも作ってんの?』
「それはねお嬢さん、君のお兄さんがアンチ太陽で…』
『壁と天井に穴開けない?硝子張りとかにして、日光浴びないと良くないよ』
急にサンドボックスゲーみたいなことを言い出す少女に口を噤む。確かに欧州の人々なんて態々サマータイムを設け、全身サンオイル塗れででかい公園へ寝そべっているのだ。異国の民はビタミンD生成に関する意識が違う。
「まあそりゃ…僕たちもそうしたいし、考えたことはあるけど」
『でしょ?…何かさあ、義世に聞いたんだけど、お兄ちゃん相当好き勝手やってるらしいじゃん。残業がどうとか、労基がどうとか』
「本郷さん労基って言葉知ってたんだね」
さり気なくディスを入れる萱島を他所に、スピーカーフォンで一連の会話を聞いていた周囲は顔を見合わせる。
これは思ったより、良い風向きなのでは。少なくとも彼女の発言を聞く限り、敵というよりはこちらの陣営に加担してくれそうだ。
しかも豪胆で明け透けな物言い。これだけ強く言われれば、可笑しいことを可笑しいと気付かない弊社の副社長も少しは惨状を顧みる筈だ。
「えーっと…取りあえず迎えに行くから、そこで眼鏡の変な人と雑談でもしてて」
『忙しいのにごめんね、――…センキュー、…え?貴方も英語話せるの?そうなんだ。制服?私学校行ってないから…貸す?は?』
「ごめん間違えた!その人不審者だから警察呼んで!!」
いやー失敬失敬、エントランスに服着たハラスメント放置したままだったわ。うっかり支部長は滝の様な汗を拭うと、どうにか警察沙汰を回避して現場へ駆け付ける。
軽く世界新。喘鳴しながら顔を上げた先では、キャリーバッグ1つでやって来た異国籍の女の子が軽やかに手を振っていた。
瑞々しく青く、若さとエネルギーに溢れた原石。確か数年前に来た新人もこんな目をしていたが、GWを超えた辺りで連絡もなく消息不明になった。
「萱島さん久し振り!I'm glad to meet you!」
その件も鑑みて思うに、この社会には見えなくて良いものが多すぎる。唯の歯車なら錆びているぐらいで丁度よく、全体の機構など知らない方が幸福なのだ。
「よ…うこそ親愛なるパトリシア、実は申し訳ないことに歓迎会の準備が出来てないんだ。ランチが未だなら、お寿司でも何でも好きなものを頼むけど」
「Wow!Reary!?私お寿司って食べたこと無いんだよね」
「大丈夫だよ、お代は全部君のお兄さ…ゲフンゲフン!会社の経費で落ちるから。他人の口座から残金が減るさまを想像して、ほくそ笑みながら食べると良い」
「萱島さんいつもそんな事してんの?やばいね」
少女に指摘されようが、萱島はワザップを教えるような顔をやめない。特段悪事など働いていないし、弊社の幹部福利厚生には社長のクレジットカードで自由に決済していい権利が入っている。さっき自分で社内規定に書いておいた。
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