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案件4-3

「実は…さっき見てた事件、気になって伝手(つて)で調べてみたんだが」 「何の伝手ですか?」 「事件以来、あの街は封鎖されているらしい」 街全体封鎖とは確かに前代未聞だ。きな臭くなってきた顛末を耳に、未だ湯気の立ち昇るかつ丼を掻き込む。 封鎖とは出入りを規制しているのだから、唯の失踪事件ではないという事だ。何人も街に入れず、何人も街から出られない理由とは。 「――萱島さん!なんか、なんか間宮から電話来たんですが、錯乱してて…」 「んあ?」 会話に割り込み、逼迫した職員が何やらあたふたしている。今度は何だ。間宮くんが外線で掛けてきたらしいが、錯乱しているとは一体。 「…間宮くん?電話替わったけどどうしたの?」 『――俺は冷静だ…俺は冷静だ…』 「ほんとだ錯乱してる…どうしたの?」 『俺は冷静な上で言うぜ…コンビニ前に…ゾンビが居た…』 ほう。 萱島は思わず受話器から耳を離し、周囲で見守っていた職員らの反応を伺う。みな一様に腕を組み、そういう事もあるのかもな…という目をしている。イレギュラーに慣れすぎである。 「間宮くん落ち着いて、落ち着いた上で何でゾンビと思ったのか教えて」 『目の前で…人が人に噛まれた…』 人が人に噛み付く状況は、確かにゾンビ以外無いかもしれない。牧が「一番くじ今日からか…」と絶対そこじゃない所を気にしてるのはさて置き、じわじわ未知の恐怖が襲い来る。 人類が滅ぶかもしれない。その前情報がなかったら、多分もう少し状況を笑えただろう。対処に困る萱島から受話器を取り上げ、「噛まれてないなら帰ってこい」と戸和くんが酷いのか正しいのか良く分からない指示を投げる。 職員らはどうすべきか困惑していた。信ぴょう性云々も含め困惑していた。そして間宮からの謎の電話が切れると同時、メインルームは萱島を囲んだ緊急ミーティングが始まっていた。 「まさか信じるんですか?支部長…ゾンビなんて報告を信じるんですか!?」 「…君たち、落ち着いて聞いて欲しい」 この適応力の塊たちだ。すべてを話しても問題無いだろう。そう確信した萱島は、先ほど知ったスピリチュアル誌に寄稿できそうな情報を語る。 「実は、知り合いの…あの、ちょっと説明が難しいんだけど…凄い権威のある人が、数週間後に人類は滅亡するかもって言ってて」 「もしかしてそれ…例の社長のご友人ですか?」 「そう…」 あとこの状況で誰も「心配だから間宮を迎えに行こう」とは言い出さなかった。別に嫌いだとかそういう訳じゃなく、大丈夫だろうという根拠のない思い込みで。 「つまり、俺たちはゾンビと戦うしか無いって事か…」 「どうやら状況は把握してるようだな」 「社長…!」 バーーンと派手な効果音と共に、派遣調査員数名とパトリシアちゃんを従えた神崎がなだれ込む。そちらも把握済みという事は、今まで階下で調査員と作戦を練っていたという事か。やったぜ! 職員は輝くまなこで彼らを迎えたが、その格好が目に入るや、急に「あ、駄目かも」と消沈した。なんか駄目そう。何故なら彼らは明らかにエンジョイ全振りな恰好をして、状況を誤認したセリフを意気揚々と叫んだからだ。 「祭じゃああああああ!!!!」 パトリシアちゃんが中腰で構えたチェーンソーが唸った。芝が良く刈れそうだ。よく見れば神崎はネイルハンマーを携えているし、みな実用性からは程遠いロマン武器を握り締めている。 直立するウッド副隊長のTシャツには、インパクト抜群の『デストロイヤー』のロゴが踊っていた。後ろ前に被ったキャップも決まっているが、今は誰も街角スナップみたいなお洒落さは求めていない。 「何その恰好!!」 「分かりませんか?ホラー映画に絶対出てくるヘビメタバンドTシャツを着たモブのコスプレです」 「お前らこそ何だその恰好、やる気あんのか!」 神崎が近年稀に見る覇気で糾弾したが、難しい質問だ。 やる気はあったとして、このアメリカ人の血が流れる者たちと志が同じとは限らない。限らないというか、多分違う。しかも各々ふざけた格好をしておいて、此方より険しい顔をしているのも腹が立つ。 「すみません、貴方たちは一体何に燃えているんですか?」 「何に?牧主任、人類一度はゾンビの大群と籠城戦を繰り広げる己を夢想するでしょう。かく言う自分も、この日の為に軍人を志したのです」 「今のセリフ寝屋川隊長の前で言えるんですかね」 「そうよ、せっかくこんなお誂え向きな建物にいるのよ。残念なのは近所にホームセンターが無いことくらいだわ」 「そのチェーンソー何処で調達したの?」 「私物だけど」 数人と会話した結果、牧はついに「自分が可笑しいのかな…」と平衡感覚を失って黙ってしまった。義務教育の敗北。 尚、その数分後に間宮くんは満身創痍ながら無事帰還を果たした。全社員を収容した本社は地上へ続くシャッターを閉め、監視センサーを起動していよいよ籠城の様相を呈す。ネットにはぽつぽつとやばい動画が上がり始め、帰ってきた間宮くんも泣きながら目にした惨状を語った。 曰く、コンビニ前に居た具合の悪そうな女性が、声を掛けた店員に襲い掛かったらしい。間宮くんは店員を助けようとしたのだが、知らない男性に「こっちだ!」と手を引っ張られ、その場を離れたのだと言う。 「彼は…赤い髪の外国人だった。あの女性はゾンビだと教えてくれた…イケメンだったが、両手には大量にFFの揚げ物を抱えていたし、なんか怖かった」 (マチェーテ大尉だ…) 萱島は先ほど遭遇した御坂の従者を思い出して切ない顔になる。 あの人未だ食べ歩きをしていたのか。この有事の最中、主人の護衛も放っぽってやることがコンビニのFF買い占めなのか。

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