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案件4-2
人類は滅びるらしい。しかも数週間程度で。
せめて何が原因でそうなるか教えて欲しかったし、こんなUSBを渡すだけじゃなく色々もっとフォローをして欲しかった。気軽に言い過ぎだし、気軽に去り過ぎである。
「……いや…滅びるかも……だと?」
しかし彼の残した言葉のニュアンスを思い出し、萱島は矢庭に伏していた顔を上げた。少なくとも可能性はあるが、確定ではないらしい。
未だ何かしら、我々に出来ることがあると言うのか。ともすれば、この渡されたUSBの中に手掛かりが…
「――そのクーポン使わないんですか?」
どっっっっっ。
また萱島の鼓動が異常値を叩き出す。こんなピンポイントで”頭上”から声がするのは、つい最近経験がある。
恐る恐る視線を上げると、案の定電柱に人型のシルエットが乗っかっていた。右と左に一人ずつ。彼らは見事な身体能力で着地すると、萱島が放り出したクーポン券を拾い上げた。
「sirloin steak?日本人は昼間からこんなものを食べるのか?」
「結構なことだな。今の内に旨いものを食べておいた方がいいですよ、子猫」
子猫、と萱島を呼ぶのは一人だけだ。
引き攣った笑いを浮かべる当人の手前、恐らく御坂の護衛で来ていたであろうサイファとマチェーテが挨拶を寄越す。両手に大量のバーガーを携えながら。
「こんな少量の飯で何を殲滅出来るんだ?日本人のコスパの良さは異常だ」
「日本人は…特に殲滅するものとか無いので」
「味は悪くない、しかし矢張りアメリカのチェーンに軍配が上がるな」
5人分はあろう量を一瞬で完食しながら、赤髪の彼は物足りなそうな顔で言った。軍属と聞いているし、沢山食べるのだろう。それは良いが、実に日本の平和な風景にそぐわない人々である。
地面から立ち上がると、彼が律儀にクーポン券を差し出す。萱島はそれは拾った人の物だと丁重に断り、緊張に指を弄びながらも会話を試みた。
「あの…食べ歩きですか?」
「ええ。時間は限られていますからね。このステーキ屋も明日には潰れているかもしれませんよ」
「それって…その…本当なんですか??人類が滅亡すると言うのは…??」
「7対3くらいです…おいマチェーテ、貴様が言ってたパティ2倍情報はガセか?」
「滅亡が7ですか?」
「それは夕方からだっつってんだろ。俺は取り敢えずこのステーキ屋に行く」
「滅亡が7ですか?????」
2人は言い争いを始めたため、残念ながら悲痛な問いに答えは返ってこなかった。萱島は結局真相の究明もサーロインステーキも全てを諦め、角のテイクアウト店に向かうべくとぼとぼと踵を返していた。
「――あ!子猫、一つだけ忠告を差し上げます」
別れる手前、相手と掴み合いをしていたサイファが思い出した様に声を張る。
「貴社の建物に籠城して下さい!」
一体何に備えて籠城すれば良いと言うのだろう。萱島は疲弊してリアクションが取れず、無害で矮小な笑みを湛えるだけに終わった。
お帰りっす。あれ、テイクアウトにしたんですか?
RICに戻るなり、今日も変なTシャツを着た牧君に不思議そうな顔をされた。
完全に萱島の分かり易い昼食ルーティンを把握している顔である。仕事が出来る男というのは、日常のこういう些細な部分でも侮れない。
「…うん、社長は?」
「下に居ると思いますけど。なんか死にそうですね萱島さん」
「世界が……」
首を傾けて待つ牧の手前、暗い面持ちで言いかけた萱島が頭を振る。
「いや」
そのまま本題を告げることなく去って行く上司を目に、牧や傍に居た職員らがひそひそと声を潜めて密談を始める。耳を澄ませると「厨二病って爆発するんだ」「あの年で」等と陰口が聞こえ、萱島は自席の扇風機ですべての音を掻き消した。
「どうした沙南」
テイクアウトのかつ丼に手を掛けた矢先、隣の優しい方の部下が問うてくる。
「戸和くん、実は」
「もしかして人類の危機か?」
「何で?」
思わず何で?と言ってしまった。割り箸を割るのは盛大に失敗するし。
自分が知らないだけで、世間では一大トピックとして既に盛り上がっていたのか?盛り上がっていたとしても、自分がかつ丼を買って帰ってきたこのタイミングで聞くのは可笑しくないか?
幽霊を見た様な顔で黙る萱島を他所に、戸和は考え込みながらも勝手に話を進めている。
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