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案件4:海外映画の見過ぎかもしれない
「ロス支店は暫く閉じるぜ」
先般、本部に帰ってきていた社長の一言で萱島は渋い顔をした。
懐かしいメンツに癒される間もなく、久方ぶりに味わう本部の劣悪な労働環境にそろそろ蕁麻疹が出そうだったからだ。
「社会情勢的に今はこっちの方にコスト投入した方が儲かるんだぜ」
「その…ふざけた口調は…いったん良いとして、そんな長期休業するって取引先に言ってませんよ」
「さっきメール出したんだぜ」
冗談じゃない。こっちは早々とアメリカに帰って、あの有り得ないくらいデカいハー〇ンダッツで冷凍庫を埋めないと発狂してしまう。そうだよな?と伝わらない同意を込めて隣の戸和くんを見たが、彼は何やらノートPCの画面に夢中で聞いていなかった。
「何見てんの?〇〇区で集団失踪事件…?現場には血痕…はー、物騒だね」
「どうも嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
物騒な記事を見て「まさか機関の仕業か…」と呟く遊びは15年前に卒業したよ。そんな指摘は鈍器で殴られそうなので言わなかったが、その時の萱島は彼の疑心を一蹴するに終わってしまった。
なんせ時刻は11時59分。既に頭の中は昼食をすき焼き御膳にするか鯖煮定食にするかで揉めていたし、最近多少の物騒には慣れ切ってしまっていたから。
「という訳で、間を取ってサーロインステーキにするのはどうだろう」
やや曇った個人経営店のショーウィンドウの手前、萱島は賛同を得るかのように虚空へ語りかける。何と何の間を取ったらサーロインステーキが妥協案になるか知らないが、サーロインステーキは人類誰だって一番好きな食べ物だ。寧ろ何故最初から選ばなかったのか不思議でならない。
頷いて暖簾を潜ろうとした矢先、背後で車のブレーキ音が聞こえた。
こんな入り組んだ路まで車両が来るとは。まさか相当なグルメか?孤独のあれか?興味をそそられて振り返るも、視界に入ったのは官用っぽい車。次いで開いた後部座席から現れたのは、白衣を纏った銀髪の
「ウワーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!」
土曜のオフィス街で人がいなくて良かった。顔面蒼白で叫ぶさまは、目撃者がいれば何事かと緊急通報されていたかもしれない。
「う、う、ウワ…ウ…ガ…」
「久し振りだね、元気にしてた?」
車を降りた相手が怪訝そうに首を傾げるが、萱島は小刻みに震えて人間性を喪失している。確かに世話にはなった。世話にはなったが、あの時は無我夢中で恐怖を忘れていただけなのだ。
この人は間違いなく萱島に向けて大砲をぶっ放してきたし、なんならステルス機で塵にしようとした。今頃サーロインステーキ屋の前になんて来れず、転生してワイキキ海岸を泳いでいたかもしれない。
「どうしたの?人語を忘れたの?」
「す、すみません…覚えています……覚えています…」
「そう、悪いけど遥に渡して欲しい物があるんだ」
言うや彼は歩み寄り、チューペットみたいになった萱島に某 かを渡した。
多分USB。萱島は表情を凍らせたまま、シャカシャカと只管に首を縦に振る。御坂はありがとうと礼を言うと、不意に斜め上を見上げて話題を変えた。
「これは世間話になるけど…」
「え!!世間話!!はい!!!」
「数週間後くらいに、人類が滅ぶかもしれないんだよね」
「…え」
「じゃあ身体に気を付けてね、遥に宜しく」
曇天にも眩しい白衣が翻り、相手は再び開いた後部座席に姿を消した。
え。そして萱島が前のめりで制止に手を伸ばそうが、余りにも無慈悲にその場を去ってもう見えなくなる。
え。取り敢えずサーロインステーキでも食べて落ち着くか。今日は多分ごはんのおかわり無料の日だし。
人類が滅ぶかもしれないぜ!ハハハってジョークで流せる人なら良かったけど、残念ながら流せないかもしれない。だってその情報を世間話に換算するのはナシ寄りのナシだし、去り際に身体に気を付けてって最早サイコパス
「サーロインステーキなんて食べに来るんじゃなかった!!!!!!!!」
店の前で風評被害を叫びながら、道路に使う予定だった50円引きクーポンを投げつける。案の定店員が嫌そうな顔で外を覗きに来たが、萱島には彼に謝罪している余裕などなく、無様に泣き崩れその場で蹲っていた。
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