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第1話

 鈍い音をさせて顔面を殴られた男が、アスファルトにドッと倒れ込んだ。 「か、上條(かみじょう)さんっ!」  ハラハラと脇で見ていた侑李(ゆうり)だったが、この状況に我慢できず男へと駆け寄った。そうして上半身を起こして口角を拭った男……上條敦毅(あつき)に、暴言とも発破ともとれる言葉をかける。 「何やってんですか! あんなへなちょこ相手に先制パンチ喰らうとか、あんたらしくないですよ! 最低な性格してても、あんたは『センチネル』でしょ? だったらガツンと一発で仕留めてくださいよ!」 「軽々しく言ってくれるけど、俺、ここに来るまで百キロ以上走って、五十人ぐらいボコボコにしてんだぜ?」  シニカルに笑った上條の目元には、明らかに疲労の色が浮かんでいた。  その表情に胸が痛む。  確かに潜入先の群小を倒し、安全が確保された状況下で自分たちを加害者のアジトへ呼んでくれたのは彼だ。  しかも今格闘している相手を早朝から追跡し、市内から県境まで追い詰めてくれたのも上條だった。  それを考えたら、今日の活動量はとっくに限界を超えているだろう。 「あっ! 逃げるぞ!」  ともに上條を見守っていた仲間の叫びに、ハッと二人で顔を上げた。すると殴った相手が、高架橋の下からヘッドライトが眩しい夜の通りへと走り出していた。 「待て!」  立ち上がった上條の足は、よろけこそしなかったが、力が入っていないことは明確だった。  なぜなら、センチネルと呼ばれる特殊能力を持つ彼は、常人である『ミュート』では想像もできない速さで、想像を絶する距離を走り、戦い、ここまでやってきたのだから。 (やっぱり……アレをするしかないのかな?)  侑李はぐっと唇を噛んだ。  自分の処女を奪い、毎夜のように自分勝手に抱いてくる憎い男だけれど……いつも本能のままに動いて、自分を振り回す勝手で最低なバディだけど……今の彼を回復させることができるのは自分しかいない。  上條の『ガイド』である自分しか。 「上條さん!」  躓くように駆け出した上條を、侑李は両手を握り締めて呼び止めた。 「なんだ?」  足を止めた彼に、どんっとぶつかる勢いで抱きつく。  そして羞恥からぶっきらぼうに上條の顔を両手で固定すると、肉厚な唇に無理やり自分の唇を押しつけた。  途端、上條に強く抱き締められて、身長差からつま先立ちになる。  ためらうことなく熱い舌を挿入され、すべてを求めるように激しく動き回ったそれは、唾液を大量に絡め取ると、蹂躙という言葉が相応しい荒々しさで侑李の舌と唇を貪った。 「んんーっ!」  長さと激しさ、そして周囲にいる仲間に見られているという恥ずかしさから、上條の胸を何度も叩く。すると唇がやっと離れた。 「充電完了」  ぺろりと自らの唇を舐めた上條は、侑李の頭をポンポンと撫でると、さっきとは比べものにならないほどしっかりした足取りで、加害者を追いかけていった。 「ぜっ……絶対に加害者を捕まえてくださいね!」  頬の熱がまだ引かない侑李の叫びに、上條は片腕を上げて応えた。  のちに加害者を捕まえて突き出した上條は、苦々しい表情で「確保に一分半もかかっちまった……」と吐き捨てたのだった。

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