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第2話

     1  それは、八重桜が咲こうかという季節だった。 「僕が、SGIPA(エスジーパ)に転属ですか?」  大学卒業後、夢の国家公務員となり、地元区役所の広報営業課に配属された枝島(えだじま)侑李は、上司の言葉に耳を疑った。 「そうだ。君が僕たちの部署に来てくれて、とても嬉しかったんだけどね。お上からのお達しだからしかたない。今すぐ『タワー』に行きなさい」 「タワーって、あのタワーですか?」 「そうだよ」  温厚な性格を表す柔和な表情だったが、事務机に座っている上司の言葉には抗えない強制力があった。  侑李はなぜ自分が呼び出されたのか想像もつかないまま、自席の荷物を紙袋にまとめると、周囲への挨拶もそこそこに、都会のど真ん中に君臨するタワーへと向かった。  タワーとは新宿区の一等地に建てられた、地上四二〇メートルも高さがあるビルの通称で、正式名称は『独立行政法人特殊能力者育成センター』。  主にセンチネルやガイドに、自分が持つ能力を理解させ、訓練を受けさせ、ミュートといわれる一般人に混ざり、生きていく術を身につけさせる施設だ。  しかし、頭一つ抜きんでた施設の外観から、周囲からは畏怖も込めてタワーと呼ばれている。  なぜなら施設に入ったセンチネルもガイドも、出所する頃には人が変わったように調教されて世に放たれる……という噂が、まことしやかに囁かれているせいだ。 (っていうか、なんでミュートの僕がタワーから呼び出しを喰らうんだよ。それにSGIPAに転属だなんて。あそこはセンチネルやガイドばかりの部署で、ミュートの職員なんてほとんどいないだろう?)  気にかかることはたくさんあったが、センチネル・ミュート・ガイドの三つのバース性を管理しているのは、厚生労働省だ。省庁からのお達しであれば、いち公務員である侑李はおとなしく従わざるを得ない。  電車に揺られ、タワーへと向かった。  タワーへ行くのは人生初なので、嫌な興奮が混じった緊張が抑えられなかった。  この世には、性別以外に人間を分けるバース性というものがある。  全人口の十パーセントしかいないセンチネルは、頭脳や身体能力、五感に優れ、中には第六感まで発達し、超能力のような未知なる力を発揮する者までいた。  義務教育開始時のバース性判別検査でセンチネルだと診断されると、彼らはタワーに収容され、特別な教育を受ける。  そこで自分たちの力の制御方法や活用法。そして常人では考えられない高度な教育を受け、義務教育終了とともに世に出されるのだ。  優れた者が世界を統べるのは当然の理で、政界や経済界、スポーツ界を牛耳るのもセンチネルがほとんどだった。  だが、この能力は諸刃の刃で、使えば使った分、体力や精神の消耗が激しい。そのため力を制御することが命をどれだけ永らえるか? という問題に繋がっている。  そして、センチネルより人口が少ないのがガイドといわれる人間だ。  全人口の五パーセントしかいない彼らには、センチネルのように特殊能力もなければ、頭脳や五感が発達しているわけでもない。人間としての能力は常人となんら変わらないのだ。  しかし、ガイドにはガイドにしかない能力があった。  それは『癒し』と『回復』。  しかも、センチネル限定の。  この力はまだ研究が続けられている分野で、詳しいことはわかっていない。  けれどもガイドは究極の能力を有するセンチネルに、自分の体液を分け与えることで、彼らを驚異的に回復させることができるのだ。  よってガイドもセンチネル同様に自分たちの力を理解し、有効に活かせるようにタワーで教育を受ける。  そして一番人口が多いのが、ミュートといわれる常人だ。  ミュートはセンチネルやガイドの研究を進めることで、少しでもその力を自分たちのために使おうと日々研究しているが、彼らの力を解明することができたとしても、突然変異のように生まれるセンチネルやガイドの生命の起源を辿れず、最近では行き詰まり感さえ出てきている。  センチネルもガイドも、数百年前に突如としてこの世に現れ、この世界の政治も文化も金融も、そして歴史すらも支配するようになったのだ。

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