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第4話
「それでは、失礼します」
ガイドであったショックを引き摺ったまま、侑李は福本に頭を下げた。そして蒼井と一緒に部屋を出ようとした時だ。
「俺が案内する。蒼井はこのあと会議があるんだろう? 資料の確認とか済んでるのか?」
「えっ?」
そう言うと、上條は当たり前のように蒼井の手から荷物を奪い、侑李の部屋の鍵だというカードキーまで取り上げてしまう。
「ついてこい。部屋はこっちだ」
「ちょ……ちょっと! 待ってください!」
勝手知ったる足取りで先を歩き出した上條を、慌てて追いかけた。
振り返ると、目を瞬かせたまま立ち尽くす蒼井が見えたけれど、静かに頭を下げたということは、自分はこの傲慢男に預けられたのだろう。
本当は、今すぐにでも荷物を奪ってタワーから出ていきたかったが、きっとそれもできない。あの物々しい警備を思い出せば、子どもでもわかることだ。
「あの、僕の鞄と紙袋を返してくれませんか? 自分で持ちます!」
「水臭いこと言うな。将来のカミさんに重たいものは持たせねぇよ」
「はぁ? 将来のカミさんって……」
文句を続けようとしたが、住居部分へ続くらしいエレベーターは混んでいて、侑李はおとなしく口を噤むしかなかった。
「ほら、ここが住居部分だ」
エレベーターを降りて、明らかに自分よりコンパスの長い上條に必死についていくと、警備員が監視する自動ドアの先に住居部分はあった。
タイル張りだった床は柔らかな絨毯に変わり、真っ白だった壁も天井も、温もりある木調へと変わった。明かりも間接照明になり、入った瞬間にホッとできる空間にデザインされている。
そこからさらに進むと、『2111』と書かれた部屋があって、上條がカードキーをかざした。
カチッと小さな音をさせて鍵が開くと、慣れた様子で彼は中へ入っていく。
「あの……ここって?」
タワーの構造についてまったく無知なのでおとなしくついてきたが、この部屋はどう見ても誰かが住んでいる感じがした。
ソファーの上には脱ぎ捨てられた服があり、ダイニングテーブルには無造作に置かれたタブレット。そしてドアが開いた寝室らしき部屋のベッドは、さっきまで誰か寝ていたように乱れている。
「まぁ……お前の部屋に行く前に、俺んとこでコーヒーの一杯ぐらい飲んでいけよ」
「はぁ!?」
リビングのソファーに侑李の鞄と紙袋を置くと、スーツの上着を脱ぎ捨てた上條は、L字型カウンターキッチンへと入っていった。
この部屋は、上條のものだったのだ。
「ぼ、僕はコーヒーなんか飲みたくありません!」
「じゃあミルクにするか? それ以外の飲み物は用意がなくてな」
「そういう問題じゃありません!」
「じゃあ、どういう問題だ?」
しれっと聞き返されてカチンときた。
「どういう問題だって……なんであんたと一緒にコーヒーを飲まなきゃいけないんですか!?」
「じゃあ、今すぐセックスする?」
「……は?」
大きな手で手首を掴まれ、強い力で引き寄せられた。
「すげぇな……番ってのは。マジで一目惚れだぜ」
「な……何を言っているんですか?」
抱き締められまいと背中を反らして抵抗すると、ぐっと上條が顔を近づけてきた。
「ビジュアルが完璧俺好み。しかもなんだ、そのツンケンした性格は。普通初対面の人間にはもっと愛想振りまくだろ。なのにさっきから子犬みたいにキャンキャン吠えやがって……可愛すぎんだよ」
「……い、言ってることがよくわかんないんですけど」
どんどん近づいてくる上條の胸を押し返しながら、侑李はゴクリと唾を飲み込んだ。
睫毛の長い上條の整った顔が眼前に迫り、胸のドキドキが止まらない。
しかし、これは恋とか愛とかいう感情ではない。
センチネルはずば抜けて容姿が整っているので、この胸のドキドキは、男らしい美しさを持つ上條の顔に緊張しているだけなのだ。
それに、侑李は一目惚れなどというおとぎ話は信じない。
クールな見た目に反して上條はロマンチストらしいが、相手の人となりもわからずに恋に落ちたりするものか。
「あの、上條さん……冗談はそろそろ終わりにしてください」
「冗談?」
「はい。今すぐ僕を離して、僕の部屋に案内してください」
「じゃあ、とりあえず一発キメたらな」
「はぁ!?」
ひょいっと侑李を横抱きにすると、上條は半開きだった寝室のドアを蹴って全開にした。
侑李は身長が一七五センチある。身体つきも男性にしては華奢だが、女性ほど細いわけではない。
それなのに軽々と自分を横抱きにした上條の腕力にも驚いたが、それ以上にこの状況に今まで感じたことがない危機を覚えた。
「お、下ろしてください!」
「キャンキャンと本当にうるせぇな……でも、勝気な奴は嫌いじゃない」
「うわっ!」
ドサッとベッドの上に放られたかと思うと、すぐさま上條が覆いかぶさってくる。
「あ、お前色素薄いんだな。瞳の色が茶色。ってことは、この茶髪も地毛か?」
ドキッとするほど甘い声音で髪を撫でられ、侑李は一瞬抵抗することを忘れてしまった。
すると、隙を突いて上條に音を立ててキスをされる。
「!?」
「なんだ、驚いた顔も可愛いな。笑ったら、きっともっと可愛いんだろうな」
言いながら巧みにスーツのジャケットを脱がされて、ベッドの下に落とされた。
素早くネクタイも引き抜かれ、ワイシャツのボタンに手をかけられる。
「やめっ……!」
これ以上勝手をされては困ると、侑李はベッドから下りようとした。
しかし身体を押さえつけられ、やみくもに腕を振り回す。
「いてっ!」
すると思いきり肘が上條の顎に当たり、彼の動きが止まった。
(に、逃げなきゃ!)
男同士でもセックスは可能だ。
二十三歳で、すでに童貞ではない侑李はそのことをちゃんと知っている。
どんなことをするのか詳しくは知らないが、自分が今、この男に貞操を狙われているのは確かだ。
転がるようにベッドから下りると、侑李は逃げ出すべく上体を上げようとした。けれどもその前に腰を掴まれ、再び自分より上背のある上條に組み敷かれてしまう。
「気の強い子犬は好きだが、さっきの肘鉄はマジで痛かった。言うこと聞かない悪い子はお仕置きだ」
どこか楽しそうに言われ、引き抜かれたネクタイで素早く両手首を括られてしまう。
「何してんですか!」
「お仕置きだって言ってんだろ。キスした時に舌に噛みついたら、もっとひどいお仕置きするからな」
「ふ、ふざけないでくださ……んんーっ!」
先ほどとは違い深く唇を奪われて、侑李は足をバタつかせた。しかし侑李の抵抗など意大学生で、みな慶和、上條は縦横無尽に口内を貪る。
「……はっ」
嵐のような荒々しいキスが終わり、やっと息を吐くと、驚きに目を見張った上條に見つめられた。
「すげぇ……これが番のガイドのキスか」
「何……言ってんですか?」
今なお目を見開いている上條に訊ねると、するりと頬を撫でられる。
「これまで何人もガイドを抱いてきたけど、こんなのは初めてだ。回復力が全然違う。桁違いだ」
「桁違い?」
「あぁ、世界ってのはこんなにも色鮮やかなんだな。ずっとSGIPAでこき使われてるから、疲れすぎて忘れてた……」
呟いた上條に、侑李の胸が痛んだ。
SGIPAの活動内容は、学校の授業でも習った。
それだけじゃない。彼らの活躍はニュースやテレビの報道で何度も目にしている。
きっとセンチネルとガイドとミュートが混在しながらも、これまで平和に生活してこられたのは、SGIPAのおかげだろう。
なぜならSGIPAと呼ばれるセンチネル・ガイド調査保護庁の彼らは、他から攻撃を受けやすいセンチネルやガイドを守るためにいるのだ。
彼らは、拳銃の携行を許可されている。
それは能力を悪用されそうになったセンチネルを保護するため。そして、社会的立場が弱いガイドを守護するために使われる。
これが何を意味するのか? 少し考えればわかることだ。
彼らは死の危険に晒されるような状況下で、日々職務をまっとうしている。
「あれ? もしかして同情してくれた?」
知らずと感情が表に出てしまったのか? 情けなく眉が下がり、同時に抵抗の意思も緩んでしまった侑李に、上條がニヤリと笑った。
「別に同情なんかしていません。ただ……」
「ただ?」
「その……毎日お疲れ様です」
「いい子だな、侑李は」
目を細めた上條に、胸がぎゅっと苦しくなった。
確か、SGIPAが担当した事件で死者が出たのは、昨日ではなかったか?
今朝電車の中で読んだネットニュースを思い出し、その現場に上條もいたのかもしれないと思った。
しかし、そんなことを気安く聞けるような関係でもないし、状況でもない。今はとにかく自分の貞操を守ることが一番だ。
同情しかけた己を叱咤して、侑李は再び逃げ出そうと足をバタつかせたが、自由にならない手首を頭上で押さえつけられ、短くキスをされた。
「出会ったばかりなのに、三回もキスしないでください!」
「無粋な奴だな、数えてたのか?」
笑った上條にベルトを外されると、いとも簡単にズボンを脱がされてしまう。センチネルという生き物は、人の服を脱がせることにも長けているのか?
「お! 将来のカミさんはビキニ派か。いい趣味だ」
下着の種類を口にされ、一気に頬が熱くなった。
「へ、変態!」
「なんとでも。仕事柄、罵られるのは慣れてるんで」
「仕事柄って……ちょっと、やめ……」
今朝、シャワーを浴びたあとに穿いた黒いビキニに手をかけられ、身体を捩って必死に阻止しようとした。けれども体格だけでなく、経験値も勝るらしい上條に、三度着衣を剥ぎ取られる。
「……っ!」
「いいな。陰毛が薄い奴は好きだ……それだけでエロくてそそる」
コンプレックスの一つでもある体毛の薄さを指摘され、侑李はもう、きつく唇を噛むことしかできなかった。
節が太く、爪が丸く切られた上條の長い指が、なんの兆しも見せていない……むしろ、羞恥と緊張から委縮している性器を握った。
「あっ……」
やわやわと揉み込むように刺激され、柔らかかったペニスが芯を持ってくる。そして半ば勃ち上がりかけたところで、ゆっくりと手を上下に動かされた。
「んっ……んんっ……ぅ」
自分を強姦している上條に、快感に濡れた声など聞かせたくなくて、侑李は唇を噛んで懸命に声を殺した。すると啄むように何度もキスをされ、上條に唇を舐められる。
「噛むな。怪我をするぞ」
「で、でも……っ」
呼吸の合間に口を開くと、優しく頬に口づけられた。
「侑李のいい声が聴きたい――っていうか聴かせろ」
「あぁっ……」
口を噤む前に勃起した性器を激しく扱かれて、侑李の背中が撓った。
「やだ、やだやだ……」
敏感な先端を親指で撫でられ、ビクビクッと腰が跳ねる。
こんな無礼で、傲慢で身勝手な男の手で感じたくないのに、なぜか身体は上條が与える快感に悦んでいて、心と身体がどんどんちぐはぐになっていく。
「んっ……あ、やぁ……っ」
しかし言動とは裏腹に優しく、そして慎重に触れてくる上條の手指に、次第に心が身体に引き摺られ、だんだん快楽しか感じなくなってきた。
「だめ、そこ……」
「なんだ? 尿道を弄られるのが好きなのか?」
優しく笑みながら上條に問われ、思わず頷いてしまいたくなる。けれども恥ずかしくて、侑李は違うと首を横に振った。
「嘘つくなよ。こんなにも透明なのが溢れてるぞ」
「やぁ……」
見せつけるように、先走りが絡んだ指を侑李の眼前に持ってきた上條は、ぺろりとそれを舐め上げた。
「ほんっと最高だな。こんなに美味いカウパーは初めてだ。やっぱ運命の番ってのは、遺伝子レベルで繋がってんだな」
相変わらずロマンチックな発言をすると、上條は侑李のワイシャツのボタンをすべて外した。そして淡い乳首の色を確かめて満足そうに微笑むと、侑李の脚の間に顔を埋める。
「ひっ……あぁ」
薄い下生えに鼻先を擦りつけ、侑李の香りを楽しむ獣染みた仕草を見せると、上條はつるりと性器を口に含んだ。
「ぅん、んー……っ」
これまでだって、付き合った恋人に口淫をされたことは何度もある。しかし上條のそれは少し違う気がした。
(フェ……フェラチオって、こんなに気持ちよかったっけ?)
ねっとりと裏筋を舐め上げられ、知らずと脚を大きく開いてしまった。
張り出した亀頭を舌で優しく抉られると、突き上げるように腰が浮いてしまう。
温かい口腔に全体を吸い込まれ、今度は鼻にかかった甘い声が漏れた。
「ふ……んぅ、やぁだ……」
幼子のようにぐずると、上條に脚を撫でられた。
それでも強すぎる快感にぐずぐず喘いでいると、「早くいっちまえ」と小さく笑われる。
「あぁ……っ!」
急に上條の口淫が激しくなり、侑李は大きく目を見開いた。
じゅっじゅっ……と音を立てながら、まるで吸い込むように頭を動かされる。
「だめ……気持ちい……あぁ……っ」
性器の全体を愛撫されて、限界の近かった侑李は上條の口内に精を放った。
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