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No.12:曇りのち晴れのち
――全く、返事ぐらい返せよ。皆心配したんだぞ?
帰宅したハルにかかった第一声は隼人の過保護だった。
”皆”といっても1番心配していたのは隼人で、
「あら、お友達と久々にお出かけ出来たんでしょ?楽しんで来れた?」
なんて母の方がのんびりと帰りを待ってくれていたのだった。
(きっと補聴器だって、母さんより隼人が心配で持たされたんだな…)
弟ながら兄の過保護さに呆れて笑ってしまう。
はいはい、ごめんね。
そう軽く受け流しながら1度部屋へ荷物を置きに上がった。
(レッドルチル…レッドルチルクウォーツ…?)
結局帰る間も気になって、何度か検索しようかとスマホを出してはしまいを繰り返したが、律儀に家まで我慢したハルだった。
ベッドに腰かけ早速スマホで検索してみる。
自分の手首で輝く石の言葉、一体なんだんだろうか。
” お礼と気持ち ”
そう言ってた。
咲の言葉を石の名前と交互に頭で繰り返していたハルだったが、スマホの検索結果がズラっと出た瞬間にピタリと手を止めた。いや、止まってしまった。
(あ…、愛情…?)
読み間違えではないかと、一文字ずつまた目を通す。
《レッドルチルは愛情や情熱、感情を豊かにしてくれる意味合いがあり、
恋愛成就の石として女性に人気があります。
大切な人との結びつきや、中を深めていきたいという時に力を貸してくれます。》
バッと顔を挙げて、ついキョロキョロと辺りを見渡してしまった。
誰にも見られてない――
どういう事なんだ…頭がグルグルする。
何かの間違い?いや、ちゃんと咲の手は「レッドルチル」と表していた。
俺の見間違いだったか?焦って花言葉ならぬ”石言葉”というワードを検索してみるが、似たような石の名前が無い。
大切な人との結びつきや、中を深めていきたいという時
これは、友達として…?親友ってこと?
いや、己惚れていいんだろうか…、こんな女性向けな意味合いを持った石を送るなんて。
(分からない…)
ぐうぅぅぅぅぅ…と音が出そうなほど頭を抱えて丸まってしまう。
聞いていいものだろうか?どう聞けばいいのだろうか?
「俺の事、好きなの?」なんて直球を投げられる程、心は強くない。
「ありがとう!」なんて、とりあえずのお礼を伝えるだけだと変に思われるだろうか。
「はぁぁぁぁぁ~…」
今まで経験したことのない位のため息が出る。
(いや、嬉しいんだ。本当に本当なら嬉しいんだけど。万が一間違いでもあるなら…)
聞くのが単純に怖い。
ハルの指がスマホの上をウロウロ彷徨っている。
と、その時――
ブブブーブブブー…
「!!!」
バイブレーションがメッセージの受信を知らせた。
驚いてスマホを落としそうになり、慌てて持ち直したハルは恐る恐るメッセージを開いてみる。相手は分かっていた、通知画面でチラッと”咲”という漢字が見えてしまったから。
《お疲れ、無事帰った?
急がなくていいんだけど、もし話せたらテレビ電話、あとで良い?》
ゴクっと唾をのみ込んで、それでもOKの返事を返す。
どんな顔をして咲と話せば良いんだろう…、とりあえず落ち着こう…、そう思いハルは夕飯が待つダイニングへ1度降りた。
家族との他愛もないやり取りも頭に入ってこない。
美味しいはずの母の手料理をとりあえず満腹感を感じるまで食べると、今日はどうだったのかという好奇心旺盛な母や兄に”ちょっと、疲れたから先に風呂もらうねっ”と言い訳をして早々に退散した。
RRR~♪
『あ…ちょっと待って、ごめん、ちょうど今風呂出たところで…』
『ご、ごめん!掛けなおすよ!』
『いや、大丈夫!;』
風呂上がりに自室に戻った瞬間だった。
咲から《今からかけてもいい?》なんてメッセージが入っていたのも気づかず…
突然来た着信に動揺して、ガタガタと画面を直しながら椅子に腰かけた。
(俺、鼻血出したりしてないかな…)
鼻先を確かめていたのは赤面している咲の方だった。
メッセージの返信を待たずにテレビ電話を掛けてしまったのが悪かった。
目の前には、あからさまに風呂上りです、という風な濡れ髪のハルが映っている。
別にやましい事を考えているわけではないが、なんだか普段見ない艶っぽさを感じる。
『ちょっと…風邪ひくから髪乾かしちゃいなよ…、ほんとごめん』
『あぁ、大丈夫だよ、こっちこそごめん』
いそいそとタオルを被りワシャワシャと頭を拭きながら、ハルも動揺している様子だ。
『あの…石の事なんだけど』
『あ……うん』
早速、といった感じで咲が気まずそうに話し出す。
『はぁ~…もし、引いたらごめん。自分でも帰ってから女々しい事したと思ったんだけど』
『うん…』
『石の言葉…調べた?』
『うん…』
一瞬、数秒、何分だろう…お互いの間でシーンと空気が止まった。
どう返していいか分からず、俯くことも出来ず、咲の口元をジっとみていた。
長い時間に感じた、静寂を切ったのは咲だった。
『もっと、一緒にいたいし、知りたいと思ったんだ…ハルの事』
『え』
『知ったでしょ…、石言葉は「愛情、仲を深めたい」って』
『…うん、でもそれって友――
『じゃない!』
友達・友人ーそう言おうとしたハルの手を、向こう側の咲が”違う!”と遮った。
『俺、ハルの事が好き…好きなんだ、友情よりもっと恋愛対象として』
ぶあっ!と一気に体中の熱が上がるような感覚がして、ハルは手を止めた。
どうしよう、どうしよう…
何と言ったら良いんだろう…
はぁ、はぁ、と鼓動まで聞こえそうなくらいのハルの息遣いが咲には聞こえた。
『でも、これは俺の気持ちで…、ハルの気持ちを知りたい』
無理強いはしないから、とどこまでも優しい手が囁く。
更に、返事はいつでも…と後ずさるような咲にハルは焦った。
「まってっ!」
電話を切られそうになり、つい声が漏れる。
咲もハッとして手を止めた。
『勝手に…終わりにしないで』
泣きそうな顔、傍にいたなら、その頬に触れたい…
ハルの次の言葉を待ちながら咲の心臓が鈍く痛む。
『俺…こんなんだし、色々迷惑かけるかもしれない』
『こんなんって…』
『お互い理解出来ない事も沢山あるかもしれない。迷惑や心配かけるかもしれない。それでも良い…?』
『え…それって…』
『俺も好きだよ、咲…』
ズズっと鼻をすすってハルが笑った。
『石言葉を見て…驚いたけど、期待した』
『期待…』
『うん…同じ気持ちだったらって…間違えじゃなければ良いなって…』
『間違えて渡すかよ…』
一瞬ふて腐れた顔をした咲も、ふっと次の瞬間には笑いが零れた。
『ハル、両思いって事でいいんだよな?』
『うん』
『…これからも、どうぞよろしく』
『ふふ…宜しく』
画面越しに照れ笑いを浮かべあう。
クスクスと笑い声と手の掠れる音がその後も暫く続いた。
窓辺には曇が風に吹かれて、照らし込んだ月明かりで、ブレスレットがひときわ輝いていた。
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