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No.11:曇りのち晴れのち

トン…トン、トン 細くて色白な指先がテーブルの真ん中に広げたメニュー表を次々と指差す。 オムライス、前菜のサラダ、ホットカフェラテ…最後に“注文、宜しく”とハルの手が言う。 『オッケー』「すいません、注文良いですか?」 覚えたハルのメニューを、店員を呼び止めた咲が早速伝える。 俺は…とその後少し悩みながら自分の分も一緒に注文している。 (どんな声なんだろう…) そんな彼の口元から上下する喉仏へと目がいく。 こくん、と動くそれがなんだか男っぽさを感じさせかっこいいとさえ思う。 ハルは目の行き所に困り天井を見上げた。 結局、アクセサリーショップを出てから【KOU-香-】の店主に教えてもらった“穴場”に来た。 店はsproutとは全く違う雰囲気のカフェだった。 壁は打ちっぱなしのコンクリートだが、天井を見上げると木の梁が丸見えの店内。 そして、その天井には一面ズラッとドライフラワーがぶら下がっている。 乾いているのに色が散りばめられた、まるで淡い色の絵の具を飛び散らした様な華やかさだ。 (綺麗…) 視界は花々のカーテンに包まれている様で、一瞬別世界にトリップした気分だ。 椅子にもたれかかり上を見上げるハルを、咲も微笑ましく静かに見ていた。 そんな咲の視線にふと気づくと、赤面しながら姿勢を正した。 『ごめん、つい綺麗で…見惚れちゃった…』 ははは…とはにかんで笑うハルの頬にスッと咲の手が伸びて来た。 そして、ムニッと掴んでは離しを数回繰り返し笑った。 『やっぱり、柔らかそうだな〜と思ったけど。本当に柔らかいな(笑)』 『な、何すんだよ』 掴まれた頬が熱い、顔が火照っているようで、ハルはパッと両手で頬を隠した。 【告って来いよ】 【咲の事は分からないけど、お前らお似合いだよ】 ハルの頭の中で夕に言われた言葉が蘇る。 でも… 聴こえない事で彼に何か迷惑をかける事があるかもしれない。 またあの時の様にトラブルに巻き込まれて、咲が嫌な気持ちになる事もあるかもしれない。 触れた頬に、sproutで見ず知らずの男に殴られた時の恐怖がジワリと蘇る。 『ハル…?ごめん、そんなに嫌だった?』 ハルの表情が一瞬曇ったような気がして慌てて謝る。 そんな事ない、とフルフルと頭を振るハル。そんな不穏な空気を壊すかの様に店員が入ってきた。 「オムライスとカルボナーラ、お待たせしました!後ほどドリンクの方もお持ちします」 2人の目の前に美味しそうな料理が並んだ。 店員がテーブルの端に伝票を置いてすぐ去っていく。 『食べよ!』 何事も無かったかの様に“いただきます♪”と手を合わせハルは食べ始めた。 心配しつつもちょっとホッとした様な顔で咲も食べ始める。 『『美味しい‼︎』』 同時に出た言葉に笑い合う。 あっという間に空になった皿は、店員がすぐさま下げて代わりにカフェラテとカフェモカが運ばれて来た。 『椎名さんのカフェモカとはまた違う、けどコレも美味しい』 そう言いながらふー、と咲はカフェモカの甘さに浸りながら椅子にもたれ掛かる。 ハルも暖かいマグカップを両手で包み、苦味と甘みの混ざり合った香りを堪能した。 『椎名さんみたいに、お客様に喜んでもらえるドリンクを作れる人になりたいな…』 ちょっと恥ずかしかったけど、自分の夢を話してみる。 そんなハルが予想する通り、咲は優しく笑ってくれる。 俺も応援するよ、と手が躍る。 カフェラテを飲んだせいか、咲の優しさが伝わってきたせいか、じんわりと温かいものが体に染み渡る感じがした。 ―――――――― 『あー、楽しかった!久々に色んな店回れたし、カフェも満喫したし!』 『うん、俺も!咲のおかげで、普段行かないところばかり見れて楽しかった』 空は夕暮れ、一面オレンジに染まっている。 あれからまた何軒か見て回り、ちょっと休憩しようと本日2件目の最後に落ち着けるカフェに入った。暫くそこでお互いの他愛もない話をした。だいぶ打ち解けた頃、ハルのスマホに“夕飯はどうするの?”と隼人からの連絡が入り、一先ず今日は帰る事にしたのだ。お互い帰るのが名残惜しい気分で、朝待ち合わせた改札に向かって歩いていた。 『あの…、咲って好きな人いる?』 『え………、あ〜…うん?』 唐突な質問にどう答えて良いのか、正解の相手を目の前に微妙な感じで頷く事しか出来ない。 そんな咲に(聞かなきゃ良かった…)と次の言葉が出てこなかったハルは… 『同じ学校の人?どんな子?可愛い?咲はモテそうだもんね!』 とふざけた様子で痛いくらいズキズキと脈打つ心臓を静めようと質問を畳み掛けた。 モゴモゴと口元を動かして困ってる咲の姿が、聞いて欲しくないように見えたハルは『ごめん』と呟き俯いた。 (俺、何やってんだろ…) 気付けば、朝の待ち合わせ場所だった改札前にいた。 何でこんな別れ際にしてしまったんだろ…、と後悔するハルに咲は手のひらサイズの小さな紙袋を渡した。 『これ…貰ってくれる?』 『…俺に?』 『是非貰って欲しい、今日のお礼と“気持ち”』 良いのかな…と思いつつ、おずおずと袋を開ける。中には小さな箱が入っていて、開けるとそこには華奢なブレスレットが1つ入っていた。 『わぁー…綺麗。これ、俺に?本当に良いの?』 うんうんと頷く咲の前で、キラキラと目を輝かせてハルはブレスレットに手を通してみた。 細身の鎖型チェーンと繋ぎ目にとても小さな石がはめてある。 よく見ると、透き通った透明の石のなかに細い糸の様な赤が螺旋模様を描いている。 『初めて見た、こんな柄の石…綺麗』 『レッドルチルっていう石なんだ』 レッドルチル… 初めて知る石の名前を心の中で反復する。 夕日が反射して何とも言えない美しい色だ。 『今日はありがとう、俺の見たい店に付き合ってもらった感じだけど、ほんとに楽しかった』 『ううん、俺も楽しかったよ。こんなものまで貰って…、なんかお礼しないと…』 『だから、それは今日付き合ってもらった俺からのお礼と“気持ち”だから、またお礼なんて要らないって(笑)』 そっか、ありがとう…とお互い照れ笑いをし合う。 『ハル…、もし帰って覚えてたら、調べてみて。その石の名前』 『え?名前?』 『花に花言葉があるように、石にも言葉があるんだ』 『そうなんだ…、初めて知った(笑)』 真剣な顔で咲が教えてくれるから、ポケットからスマホを取り出し検索しようとすると―― 『ダーメ!帰ってから』 『なんで…』 『んー…、楽しみにしてくれる?今調べられたら、俺…恥ずかしいから』 『なんで(笑)』 咲の本心が掴めなくて”なんで”しか出て来ない。 渋々スマホをポケットに戻し、代わりに帰りの切符を出して「じゃ」と手をあげてみた。 『次合うのは火曜だね。じゃ…また明後日!』 『おう、またね。気をつけて帰って…あ、補聴器、付けて帰らなきゃだろ?』 『あ、そうだ;隼人に怒られるところだった、ありがとう(笑)』 スッと耳元に補聴器を掛けながら改札を通る。 段々小さくなっていくハルの姿を見えなくなるまで咲は見送り、はぁ…とため息をついた。 (渡しちゃった…) 今更頬が熱くなる。 きっとハルは帰宅して石の事を調べるだろう、その後は…正直どんな反応がくるか怖い。 でも、1日過ごしていてこんなに幸せな気分は久々だった。 「玉砕覚悟…だな」 ちょっとの期待と大きな不安といったところだろうか。 冷たくなってきた夕暮れの風に首を竦めながら、咲も家路を急いだ。

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