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No.10:曇りのち晴れのち

“カラカラカラ…“ 穴場と聞いたランチの場所を少しだけ通り過ぎ、 着いた場所は打ちっぱなしのコンクリートで出来たアトリエのような建物だった。 ずっしりとしたその壁に、軽くはめたような木枠のガラスドアがあり、咲はそこを慣れた手付きで開けた。 「…あれ、咲ちゃん。久しぶりだね、どうしたの?」 「ずっと休みの日も部活続きだったけど、久々に買い物に出たから」 「そっか〜そちらは?」 肩につきそうなくらいのボブヘアで一見女性にも見えそうな出立の男性が2人を迎えた。 顔馴染みなのか、咲は入ってすぐその男と話し始める。 口話で何となく久々の挨拶をしてるんだろう、とハルは2人を眺めていた。 「『紹介するよ、今のバイト先仲間のハル。耳聴こえないんだ、何かあったら書いて』」 そう手話も交えて、自分の後ろで隠れるように立つハルを軽く紹介をすると、咲はお尻を探り始める。 後ろポケットから小さなメモ帳を出しその男性に渡した。 「『俺、ここのアクセサリーが好きなんだ。   この人は桶井玄(わくいげん)さん、ワクちゃんって呼んでる。』」 咲が紹介すると、ワクちゃんと呼ばれた男性は“よろしく〜”とヒラヒラ手を振った。 「『ここにある物は全部ワクちゃんが手作りしてるんだよ。凄い使い心地が良いんだ。』」 そう言われ店内を見渡すと、シルバーアクセサリーをメインに天然石も交えた商品が綺麗に陳列されていた。男性にも女性にも、ジェンダーレスで好まれそうな雰囲気だ。 『凄いね…、全部手作りなんて…。もしかして、それも?』 店内をぐるりと見渡した後、咲の手首で静かに輝くブレスレットに目がいった。 小ぶりなチェーンで、シンプルだが、繋ぎの部分に綺麗な石があしらわれている。 『あ、そうだよ。これはワクちゃんが去年の誕生日に作ってくれたんだ。』 『誕生日…』 『そう!でさ、部活とバイトで忙しくて来れなかったから、久々に来たくなって。笑』 無邪気、という言葉がピッタリな顔でクシャッと笑う咲。 咲ってこういう所が好きなのか…と思いながらハルは商品を1つ1つ見て回り始めた。 そんなハルの後ろをどんな反応をするんだろう、と咲も一緒に見ながら着いて歩いていると… 「咲ちゃん、新作が昨日出来たところだったんだよ。見ていく?」 「え、ほんと?見る見る」 ワクちゃんが作業台から、これと〜なんて言いながらいくつかアクセサリーを出す。 咲がふと離れたのを感じたハルは、遠くから2人の様子をボーッと眺めていた。 リングなのかピアスなのか、手元を見ながら他愛もない話をして笑っている様な姿。 何を話しているかは分からないけど、2人が凄く親しい仲だという事はヒシヒシと伝わってくる。 ツキンー (…なんだ。なんでこんな心臓痛くなるんだ。) 自分の知らない咲がいて当たり前なのに、なんだか知らない咲の姿を見るのは切なかった。 (これって嫉妬とかいうやつかな?俺、重症かも…) 2人を背にふーっ、とため息をつく。 今、咲とこうして仲良くいられる時間がとても楽しいし、居心地が良い。 このまま、ずっとこのままでいたい… (好き、だなんて伝えたら…) きっと、今の関係は壊れてしまうかもしれない… 気付いた淡い恋心と伝えられないもどかしさ。 (俺が、咲が、もし女の子だったら…浮かれて告白とかしちゃうのかな) すぐ側に飾られていたシルバーのカフスに手を伸ばしながら、2度目のため息が漏れる。 そういえば、アクセサリーなんて身につけた事がなかった… ふと耳に手をやり補聴器がまだついてる事に気付く。 (そうだ…。男同士の恋なんて叶うはずないし、それ以前の問題だ…。) ー咲の世界と自分の世界は違うー さっきまで楽しかったはずなのに、自虐的な気持ちに駆られてしまうハル。 そっと補聴器を外してポケットの中に仕舞い込む。 なんとなくカフスを試着してその辺にある鏡を覗き込むと、なんだか少し咲に近づけたような気になった。 『似合う』 !? いつの間にか隣にいた咲と鏡の中で目が合う。 ドキッとして慌ててハルはカフスを陳列棚に戻した。 『お、俺、アクセサリーとか似合わないし。つけた事なくて(笑)』 あはは、とわざとらしくならないように笑うが口が引き攣る。 本当に似合うと思った事が無かったし、こうやってアクセサリーの店に来る機会も今までなかったハルだ。 『そっかー、似合うと思うんだけどな(笑)俺、もう少しだけ見ても良いかな?』 『うん、好きなだけどうぞ♪』 それから、うんうん悩みながらアクセサリーをいくつか試着し、咲は1つ気に入ったピアスを購入した。 『ピアス、開けてたんだ?』 『うん、高校もピアスダメだし、部活は尚更ね。だから、普段は付けてなかった。』 休みの日だけねー ワクちゃんに手を振りながら、そう言って咲が店を出る。 ハルもぺこりとお辞儀をして店を後にした。

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