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22、イルミネーションの夜

「うわぁ……きれいだね!」  その次の日の晩、空は累を誘って、クリスマスイルミネーションを見にきていた。  イルミネーション会場は、最寄り駅前にある公園だ。よくテレビで目にするような、洗練されたイルミネーションとは程遠いけれど、地元企業の有志によってLEDを飾りつけれた公園の樹々は、とてもきれいだった。    普段は何ということもない公園なのだが、中央の植え込みには3メートルほどのツリーが飾られる。電飾はもちろんのこと、きらきらしたモールや可愛らしいオーナメントで飾られたツリーはなかなか見事で、夜の散歩に訪れたらしい子どもたちが歓声を上げいる。 「ドイツでも見た? 向こうは凄そうだね、イルミネーションとか本格的そうなイメージだなぁ」 「うん、見たよ。その日はさすがに両親も休みに入ってたから、家族でクリスマスマーケットに遊びに行ったりしてたんだ」 「へぇ〜、そうなんだ」 「向こうは建物も可愛いから、イルミネーションにものすごく映えてたな。それに、みんなすごく楽しそうなんだよ。お祭りみたいな感じで、楽しそうに酔っ払ってる人も多くて」  いつになく楽しげに思い出を語る累の横顔は、イルミネーション顔負けにキラキラと輝いて見える。空はツリーそっちのけで、うっとりと累の横顔見に惚れていた。それに、累は滅多に家族の思い出を口にしないので、こういうエピソードが聞けるのもまた嬉しいものなのだ。 「両親もすっかりカップル気分に戻っちゃって、二人して酔っ払ったりしてさ、世話が焼けるんだよな」 「そうなんだ。ラブラブなんだね、ご両親」 「普段はそんなことないけどね。母さんの公演前とかピリピリしてるし、父さんは政治家の愚痴ばっか言ってるしでよく喧嘩とかもしてるのにさ、そのくせ急にイチャイチャしだすから、ほんとに不思議」 「へぇ〜」  深い緑のクラシックなチェック柄のマフラーに顔を半分埋めながら、累が空を見つめて微笑んだ。  何せスタイルが良いので、黒いショートコートにジーパンという私服姿も抜群にかっこいい。大人びた服装を好む累だが、対する空はスポーティな格好をすることが多い。服装のテイストは合っていないけれど、深緑色のダウンジャケットに身を包んでいるため、色味だけは一緒だ。 「空からデートに誘ってくれるとは思わなかったから、嬉しいよ」 「でっ……デートっていうのかなぁ。徒歩十分圏内だけど……」 「デートだよ。近くでこんな綺麗なイルミネーション見れるとは思わなかったし」 「けどさぁ、ドイツに比べたらしょぼしょぼじゃん?」 「ううん、今はここに空がいるんだもん。どこで見たイルミネーションより、綺麗だよ」  とろけるように優しい笑顔でそんなことを言われてしまうと、ついつい空の顔も緩んでしまうというものだ。累の金色の髪の毛は、ツリーのあかりを受けてキラキラときらめいている。澄んだ青い瞳がさらに澄んで見え、見つめていると吸い込まれてしまいそうに美しい。  イルミネーションを見物に来ている老若男女の視線をもれなく集めまくっている累だが、本人はまるで無頓着だ。ついでのように視線を受けることに、空のほうもそろそろ慣れてきた。 「累……あの、こないだはごめんね。めちゃくちゃ怒って」 「え? ああ……ううん、全然。空って、怒った顔もすごく可愛いんだね」 「ぐぬ……全然堪えてない……」 「そんなに僕のこと心配してくれてたんだなって、ちょっと驚きはしたけどね」 「心配っていうと……まぁ、うん……そうだけどさ」 「空が僕に向けてくれる感情なら、どんなものでも嬉しいんだ。もっと叱ってくれても良いんだよ?」 「叱るって」  空が呆れ顔でため息をつくと、累は楽しそうに笑った。その純粋無垢な笑顔を見て、空はふと石ケ森のことを思い出す。  累はまるでいつも通りだ。ということは、石ケ森もまた、何事もなかったかのように累と接しているということだろう。ああして気持ちを吐露していたのにそんなことができるのかと思うと、石ケ森はやはり大人なのだな……と感じ入ってしまう。 「いよいよ明後日かぁ……なんか俺が緊張してきたよ」 「安心して、僕は大丈夫だから。明日は一日中リハーサルに入るから会えないんだけど……」 「わかってる。楽しみにしてるから、頑張ってね」 「うん」  ツリーのそばから離れると、少しひと気が少なくなる。この奥には池があり、池の周りにはベンチや子ども向けアスレチックが設置されているのだ。水辺へと誘うように、道なりにぽつりぽつりと小さなランプが飾られていて、可愛らしい。  喧騒から離れ、二人きりで小径を歩いていると、累に手を握られた。累が手袋をしているのが少し寂しい。肌触りの優しい手袋だが、素肌に触れたいな……と、空は思った。 「明後日、累のご両親も来るんだよね」 「うん。二人ともステージは見るみたいだけど、父さんはそのあとすぐ仕事に戻るみたいだよ」 「そっか。俺……累のお母さんにご挨拶とかしたほうがいい?」 「えっ、ご挨拶してくれるの?」 「だ、だって……一応、付き合ってるわけだし……」 「へへっ……」  空の言葉を聞き、累が照れ臭そうに横顔で笑った。  累の母親とは、幼い頃に二、三度ほどしか会ったことがない。父親には何度か遊んでもらったことがあるけれど、累の母親とはまともに会話をしたことがない気がする。偉大なイメージがあるので、挨拶をするのにも緊張してしまいそうだが……。 「無理しなくていいよ。母さん、ステージ後のパーティで挨拶回りしなきゃって張り切ってたから、捕まらないかもしれないし」 「そっか……」 「僕も出なきゃいけないんだけど、空はどうする?」 「いやいや、俺が行けるような雰囲気じゃないでしょ。壱成と先に帰るよ。兄ちゃんも、累の公演見た後仕事行くしね」 「あ、そっか……クリスマスだもんね、お店でもイベントがあるのかな」 「みたいだよぉ。忍さんも顔出すって言ってたっけ」 「そっか。……僕、パーティは早めに抜けて帰ろうと思ってるんだけど」 「え、いいの? 主役なのに」 「だってほら、僕はまだ高校生だし」  パーティと銘打たれているが、実際はオーケストラのメンバーたちのお疲れ様会なのだという。酒も出る場所に累が長居をするのは、公序良俗的によろしくないらしい。その代わりに累の母親が出席して、『今後ともうちの息子をよろしく』とやるらしい。  そういった実情を説明した後、累は空に向き直り、こう言った。 「……ちょっとでいいんだ。公演のあと、会えないかな」 「うん、俺はいいよ? けど、累疲れてるんじゃない?」 「ううん、僕は平気だよ」 「そっか。……じゃあ、うちにおいでよ。時間遅いかもしれないけど、何か一緒に食べよ」 「うん、ありがとう」  辿り着いた池の周りにも、キラキラと光が浮かんでいた。だが、ツリー周辺ほどの賑わいはなく、ここはひっそりと静寂に包まれていた。  丸太調の柵にまでイルミネーションがほどこされているので、まるで光り輝く湖が浮かび上がっているように見える。累はそれを見てまた瞳を輝かせ、「わぁ〜きれいだね!」と珍しくはしゃいだ声だ。大きな舞台を前にして、累も少し昂っているのかもしれない。空は、ぎゅっと累の手を握り返した。  すると累は空いたほうの手で柵に手をつき水面を眺めながら、ふと呟いた。 「僕は幸せだな……」 「ん?」 「空が、僕と同じ気持ちでいてくれて、すごく幸せなんだ。……すごいことだと思わない? 人と人が同じ感情で繋がるって、奇跡みたいなものだよね」 「奇跡……かぁ。そうだよね」  不意に、石ケ森の寂しげな横顔が脳裏をよぎる。誰かが誰かを好きになり、相手からも同じ好意を返してもらえる可能性というのは、どれくらいのものなのだろうか。実際、空も数人の女の子に愛の告白を受けたけれど、断ってしまうばかりだった。彼女らはどんな気持ちでいたのだろうか……と、空は思った。 「それに、僕はたくさんの人にヴァイオリンを聴いてもらえるようになった。オーケストラの人たちと一緒に音楽を演れるようになって……ほんと、恵まれてる。まだまだ七光って言われることもあるけどさ、それでも、こういう機会を与えてもらえるって、本当にありがたいことだから」 「そうだね……。でもそれって、これまでずっと、累が頑張ってきたからでしょ。だから音大の人たちも、お母さんも、累のことを応援しようって思ってくれるんだよ」  恵まれた環境に慢心することもなく、累はいつでもストイックに音楽に取り組んできた。小さな頃から、時に涙しながらでも努力を重ねてきた累の姿を、空はずっと見守ってきたのだ。  だからこそ、こうして美しく、逞しく成長した累のことが、こんなにも誇らしい。空はそっと累のマフラーに手を触れる。そしてぐっと背伸びをして、累の唇にキスをした。 「っ……」  累が息を飲んでいる。そのまま離れようとしたけれど、ぐっと腰を抱き寄せられて身体がくっつく。間近で見つめる累の瞳に水面を彩るイルミネーションの灯りが映り込み、まるで星空のように輝いていた。 「俺も幸せだよ。累と……こうやって、一緒にいられるんだもん」 「空……」 「楽しみにしてるから。リハーサルも、がんばれ」 「うん……ありがとう。頑張るよ」  まばゆい笑顔を浮かべ、累はぎゅっと空を強く抱きしめた。そしてもう一度、今度は累からの口付けが降り注ぐ。  凍てつくような夜の中だが、こうして触れ合っていると、とろけるようにあたたかい。  遠くに聴こえるクリスマスソングに耳を傾けながら、ふたりはしばらく、そうして身を寄せ合っていた。

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