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エピローグ
そして、新しい年がやってきた。
彩人、壱成と共に新年のカウントダウンを済ませた空は、厚着をして玄関で靴を履く。ついさっき、累も家を出たらしい。もうそろそろ、家の前まで来ているはずだ。
そんな空の背後では、壱成と彩人もそれぞれに外出の準備をしているところである。空は家の鍵をポケットに突っ込みながら後ろを振り返った。
「別に兄ちゃんたちまでついてこなくてもいーのに」
「ついてくわけじゃねーよ。俺らは俺らでフツーに初詣行くだけじゃん。なぁ、壱成」
「そうそう。まぁ、行く方向一緒だけどさ、俺たちのことは気にしなくていいから」
「もう……」
そんな会話をしながら家を出ると、門扉の前に佇んでいる累を見つけた。累は空を見て白い歯を見せ、嬉しそうな笑顔になる。そして空の背後にいる彩人と壱成に気づくと、累は礼儀正しく一礼し、丁寧な口調で新年の挨拶を口にした。
「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
「累くん、あけおめ〜! そんなかしこまんなくってもいーって。ほら、神社行こうぜ」
「あ、はい」
「明けましておめでとう、累くん。今年も空くんともどもよろしくね〜」
「こちらこそです」
まずは兄たちと挨拶を済ませ、累はようやく空の隣にやってきた。
「ごめんね、なんか一緒に出ることになっちゃって」
「ううん、ご挨拶ができてよかったよ。行こっか」
「うん」
肩を並べて数メートル先を歩く彩人と壱成の背中をなんとなく眺めつつ、近所の神社へ初詣に向かう。午前0時を過ぎた夜中だけれど、今日ばかりはどこの家にも灯りがともり、街にはひと気が多かった。普段はすでに夢の中にいる時間帯だが、今日はこうして堂々と累と外を歩けるのが嬉しくて、数日前から楽しみにしていた初詣である。
「累のお母さんたちは?」
「一緒にカウントダウンはしたけど、寒いからもう出たくないってさ。明後日の便で母さんはまた海外だし、準備もあるからね」
「あ、そっか。また海外公演なんだ」
「そう。父さんもすぐに仕事始まるし、冬休みのあいだはほとんど両親いないから、遊びにおいでよ」
「う……う、うん」
なんの邪気もない顔でそんなことを言う累だが、空のほうはそう平気な顔でいられない。家にご両親が不在がちということは、つまり、誰に気兼ねすることもなくイチャイチャできるということではないか。
累にそんな意図があるのかどうかは分からないが、空の頬は勝手にかぁぁと熱くなる。初めて身体を繋げたクリスマスの日のことを、否応なしに思い出してしまうからだ。
恥ずかしいので別々にシャワーを浴びたかった空だが、そんなことを累が許すはずもない。累は空の身体の隅々まで綺麗に洗い清めてくれたのである。
そして、湯を張ったバスタブに二人で浸かっている間にも、背後にいる累が、無意識のように空の太ももを撫でるのだ。ゆらゆらと揺れる水面の下でうごめく累の指先を眺めているだけでついつい興奮してしまい、その反応はすぐに身体に現れてしまった。恥ずかしくてたまらなかったけど、累は空の耳をいやらしく舐めくすぐりながら、勃ち上がったそれを慰めてくれた。
ついでのように胸の突起までいじられてしまえば、はしたない声が浴室に響いてしまう。やけにあまったるく反響する自分の声が恥ずかし過ぎて、空は累の愛撫から逃げ出そうとした。
だが今度はがしっと腰を捕まえられ、あろうことか累は空の後孔に舌を伸ばしてきたのである。バスタブの縁に手をつかされ、尻を突き出すような格好をさせられてしまった。
「無理させちゃったもんね」と労られながら、淫らな舌遣いで窄まりを丁寧に愛撫され――空は、それだけで敢えなくイかされてしまったのである。
すっかりその気にさせられてしまった空だったけれど、累は「空の負担になるから」と言って、頑として挿入することはしなかった。少なからずそれ残念に思ってしまった空だが、それ以外のことは、色々した。
二人で映画を見たりゲームをしたりとまったり過ごす中、累は流れるように空にキスをしてきたり、うしろからきゅっと抱きしめてきたりと甘えてくる。
累のキスには相変わらず弱い空だ。キスをされながらズボンの前を柔らかく揉みしだかれてしまえば、あっさりその気になってしまう。手で扱かれるだけでも充分気持ちが良すぎるのに、累は王子様スマイルを浮かべながら空の前に跪き――
ゲームなどそっちのけで互いの身体をさぐり合ったクリスマスだった。だがその日以降、まだ二人は二度目のセックスに挑戦していない。累は累で練習があるし、空にも部活があるからだ。家には当然のように家族がいて、いつでも好きな時にエッチなことができるわけじゃない。
そんな状況だったのだが――冬休みの残りの数日は、少しのんびりふたりで過ごせるようだ。
空はどきどきしながら、照れ隠しに「しゅ、宿題もしなきゃだね。いっしょにやろっか」と提案した。すると累が、ハッとしたように空を見下ろして……青い顔をしている。
「え、なに? どうしたの」
「そういえば……宿題、ひとつも手をつけてないんだった」
「えっ!? まじで!? ワーク何冊かあって、結構な分量だったのに!?」
「公演までは練習でバタバタしてたし、終わった後も挨拶回りとかでバタバタして……気付いたら年が変わってたから」
「そっ……そうなの!? 俺でさえあと半分くらいなのに……」
「やばいな……がんばらなきゃ。終わるかな……特に国語」
黒いマフラーに顔を埋めながら、累はどこかうつろな目をしている――空は笑って累の腕に肩をくっつけ、「手伝うから、がんばろ?」と言った。
「う、うん……。せっかく、一日中空とエッチなことができると思ったのに……」
「うっ……あ、そ、そうだね……。累もそんなこと考えてたんだ」
「そりゃそうだよ。次はもっと上手く出来るかもと思って、楽しみにしてたんだけど……」
「い、いや……じゅうぶん上手だったよ? 最初から……」
「え、ほんと?」
空が素直にそう言うと、累がくるっとした眼差しで見つめてくる。間近で見つめ合ってしまうとやはり照れてしまうので、空はサッと前方を向いた。彩人と壱成が、何やら楽しげに笑っている姿が見える。
「ほんとだよ……。てか、恥ずかしいからこの話題やめようよ」
「ふふっ、そうだね。お兄さんたちもすぐそこにいるしね」
「ま、まあとにかく……宿題早く終わらせちゃえばいいんだよ。そしたらさ、自由じゃん」
「そうだね。今夜から頑張るね!」
累は目をキラキラさせながら、元気よくそう言った。このぶんだと、三ヶ日中には国語以外の宿題は全て終えていそうである。
神社が近づくにつれ、どんどん人が増えてきた。耳慣れたお正月ソングがのんびり流れる街を歩いていると、赤い鳥居がライトの中にくっきりと浮かび上がっているのが見えてきた。屋台が並ぶ境内には、こんな時間とこの寒さにもかかわらず、たくさんの人の笑顔で溢れていた。
空と累も参拝客の列に並び、新年のお参りを済ませたあと、おみくじを引いたりお守りを買ったりしながら境内をのんびり歩く。こうしてふたりで夜出歩くのは初めてのことだし、帰国後初の神社とあってか、累は目にするもの全てが珍しそうだ。
ちょっと寒そうに白い息を吐きながら楽しそうに笑う累のとなりにいるだけで、今年もすごくいい一年になりそうな気がするな……と、空は思った。
すると鳥居の前で、彩人と壱成が二人を手招きしているのが見えた。空は累と顔を見合わせ、兄たちと合流した。
「甘酒で乾杯しよーぜ。今年もみんな元気に過ごせますようにって」
彩人はそう言って、甘酒を売る屋台の方を指さした。色白の兄は鼻先が少し赤く、楽しげに笑う顔はとても幸せそうだ。
「甘酒……それってアルコールですか? 僕、お酒飲んでもいいのかな……」
「大丈夫だよ、アルコールじゃないんだ。飲んだことないなら、試してみない?」
不安げな累に壱成は甘酒の作り方を語り始めた。生真面目に相槌を打っている累を壱成に任せて、空は彩人とともに屋台へ甘酒を買いに行くことにした。
「兄ちゃんは仕事行かなくていいの? ホストクラブって、カウントダウンイベントとかやるもじゃないの?」
「おっ、お前もそういう知識がついてきたのかぁ?」
31日はずっと家にいて、大掃除に精を出していた兄である。空の問いかけに彩人は何故か嬉しそうな顔をして、屋台の店主に甘酒を注文した。
「うちの店はな、そういう騒がしーことはやらねーの。落ち着いた高級感が売りだからな」
「ふーん、そうなんだ」
「昔は『sanctuary』でもカウントダウンからのニューイヤーイベントやってた時期もあったけど、俺はお前いたし、一回も参加したことなかったっけな。『ほしぞら』も、さすがに大晦日と元日は休みだし」
「あ……そうだったんだ。大丈夫だったの?」
「おう、へーきへーき。……思えば、静かな正月だったよなぁ。お前と二人で正月特番ダラダラ見たり、買ってきたおせちつまんだり、ちょっと散歩出たりするくらいで」
「へぇ……」
彩人は懐かしげに微笑んで、ぽんぽんと空の頭を何度か撫でた。そして「兄さんたち、イケメンだね!!」と軽快に声をかけてくる店のおじさんから甘酒入りのカップをふたつずつ受け取って、鳥居のほうへと戻り始めた。
「でも、壱成と暮らすようになって、親戚増えて、累くんが帰ってきて……ってさ。なんか、だんだん賑やかになってきたよなぁ」
「確かにねぇ」
「明日は壱成の実家行って、みんなで鍋じゃん? そのうち累くんのご両親にも挨拶しなきゃだしな」
「へっ!? 累のご両親に挨拶って……いやいや! 気が早いから!」
「気が早いってことは……へー、なるほど……」
「もういーってそういう話はっ!」
累とのあれこれについて詮索しようとしてくる兄をかわしつつ……彩人と二人きりの静かな正月に、空はふと想いを馳せる。
幼い頃のことはほとんど覚えてはいないけれど、彩人はその頃どんな気持ちで、空と新年を迎えていたのだろうか。
気がつけば、空のそばには壱成がいた。ある時からは忍とマッサが早瀬家を訪れるようになり、お年玉をもらったり、一緒に食事を取るようになっていた。
そして、彩人と壱成の結婚を経て、壱成の両親や兄家族たちとの関わりが増えた。壱成の兄・涼成のもとには幼い兄妹がいて、二人とも空にはよく懐いてくれている。一緒にいてあたたかい気持ちになれる人たちとの関わりは、今や空にとっても自然なものだ。
この変化を誰よりも喜び、そして安堵しているのは、他ならぬ彩人なのだろうなと空は思った。
境内に吊るされた提灯の明かりと屋台の賑わいの中、隣を歩く兄の横顔には清々しい笑みが浮かんでいる。
新たな年を迎え、軽快な声で挨拶を交わし合う参拝客らの人混みに、空はふと累の姿を認めた。人波にあっても累がひときわ目を引くのは、ただ単に容姿が華やかだからというわけではないだろう。
累の存在が空にとってかけがえのないものへと姿を変えたからこそ、どこにいても彼の姿を見つけることができるのだ。
ふと兄の顔を見上げてみると、彩人は唇に穏やかな笑みを湛えて、壱成を見つめていた。そして彩人の視線に呼応するように、壱成もこちらに気付いて手を振っている。そして累も空を見つけて、笑顔になった。
「ほい、お待たせ」
「ありがと彩人。はあ……いい匂い。寒いときはこれに限るよな〜」
「ほら、累くんも飲んでみ」
「ありがとうございます」
兄たちの絆に、いつも安心感をもらってきた。
特別な言葉がなくとも、互いを心から信頼し、互いを大切に想い合うふたりのそばにいて、空はとても穏やかな気持ちになれた。
――俺も、累とそんな関係になれたらいいなぁ……。
おっかなびっくり甘酒のカップに口をつける累を見守りながら、空は心からそう思った。すると累は「美味しい! 空、これ美味しいね!」と新鮮な味に目を輝かせている。
「あったまるよね。けど俺、最初はあんまり美味しいと思えなかったんだよなぁ」
「そうなの? すごく美味しいのに」
「なんかどろっとしてさぁ、ちょっと苦手だったんだよね、こういう感じ」
「へぇ、そっかぁ」
と、そんなやりとりをしていると、彩人が何やら訳知り顔で頷きながらこう言った。
「たぶん空は、壱成に似て下戸なんだろーな。累くんは酒強くなりそうだし、楽しみだわ」
「いや俺下戸じゃねーしこれでも派手に接待こなしてきたし。つーかこれノンアルコールだろーがっ」
「まぁまぁそうキレんなって」
若干ふてくされ気味に歩き出した壱成の機嫌を取りながら、彩人が慌ててついてゆく。空は「もう、兄ちゃんは。壱成、下戸って言われると怒るってわかってるくせに」とぶつぶつ言いながら、帰路につきはじめた兄たちの後について歩き出す。すると、隣で累がくすりと笑った。
「仲良しだね、壱成さんと彩人さん」
「そーだねぇ、たまに呆れるけどね」
「ふふっ、楽しいね。こういうの」
「うん……そうだね」
提灯に灯った橙色の光を受けて、累の瞳が美しくきらめいている。幸せそうに微笑む累に笑みを返しながら、空は累の手にした甘酒に、こつんと軽く紙コップをぶつけた。
「今年もよろしくね、累」
「うん。これからも、末長くよろしくね」
「す、末長く……」
「? なんか日本語おかしい?」
「う、ううん……。おかしくない、合ってるよ」
「よかった」
そう言って、キラキラキラと光の瞬く、高貴な笑顔を見せる累だ。あまりのまぶしさに空は思わず「うっ」と呻いた。この笑顔のきらびやかさたるや、やはり累は素晴らしく王子様である。
ふと周りを見ると、夜もますます更けているというのに、驚くほどに人出が増えている。すると累は「はぐれないように」と言って、そっと空の手を包み込んだ。
幼い頃から、空の手を引いてくれていた大きな手。こみあげてくる懐かしさと愛おしさで、胸の奥がほっこりとあたたかい。空もぎゅっと累の手を握り返して、新年のにぎわいに華やぐ街を、のんびりと歩いた。
綿毛のような粉雪が、ふわふわと夜空から舞い始めている。
『俺の幼馴染みが王子様すぎる。』 ・ 終
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