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【後】
どうも空は、今まさにモテ期を迎えているようなのだ。
小中高と、空は女子から弟のように可愛がられていて、「恋愛対象にはならないタイプ」と言われてきた。そういう評価に「へえ、そういうものなのか」という以上の感想を抱いたことはなかったが、二十歳を迎えたあたりから、妙に同期の女子や後輩たちから愛の告白を受けるようになったのだ。
「……って感じで、断るたびに心苦しいというか……。断ったあとも、その子たちと同じ実習先だったりするから、気まずいっていうかなんていうか……」
「へぇ~すごいやん空くん。モテモテやんか」
賢二郎が感心したようにニヤリと笑い、くいっとワインをあおる。
「そらあの顔面整いきったお兄さんの弟やもんなぁ。遺伝子の力を感じるわ」
「うーん、兄ちゃんほど派手でもないし、背も高くないけど……」
「でかけりゃモテるってわけでもないで。空くん可愛いし優しいし、近くにおる女の子はたまらんやろなぁ」
「そうかなぁ……」
同じ学科の男友達いわく、空は自覚はないが空は彼女たちに対してかなり紳士的な部類に入るらしい。
「その可愛い顔で紳士的で? しかも学内で浮いた噂がひとっつもなくて? そんなんモテるに決まってんだろうが!」と男友達から頬をムニムニされながら怒られたことはある。
それに、壱成を丁寧に扱う兄の仕草を間近で見ているせいか、ときどき……ときどきだが、無意識にスッと女子学生に手を差し伸べている自分の行動に気づき、「あ、これはダメなやつだ。勘違いさせちゃうかも……」と反省することもあるのだ。
「でも、恋人がおるってことはみんな知ってんねやろ?」
「みんなってわけじゃないかなぁ……あ、でも断るときは恋人がいるからって伝えてるし、そろそろみんな知ってるかも」
「せやな。女子のネットワークすごいからな」
「あはは……確かに」
「それなら、もうそろそろ落ち着くんちゃう? 空くんには、どイケメンド執着激重彼氏がいてんねやから、付け入る隙ないもんな」
「それ、僕のことですか?」
突然背後から累の声がしたかと思うと、長い腕の中に抱きすくめられる。びっくりして背後を降り仰ぐと、累が複雑そうな顔をして空を見下ろしていた。
賢二郎が目の前にいるのにバックハグをしてくるとは……! と空は仰天してしまった。
「ちょっと累、な、なにやってんのこんなとこでっ」
「空、全然戻って来ないから」
「ぴ、ピザ焼いてるからだよ」
「タイマーが鳴るのに」
「そうだけど!」
ちら、と賢二郎の顔を見てみると——やはり、ちょっと生ぬるい目でこっちを見ている。空は冷や汗をかきながら、「サーシャさんはどうしたんだよっ」と累に尋ねた。なお、累の腕の力が強すぎるので逃げるのは諦めた空である。
「防音室が見たいって言って、|階上《うえ》に行ったよ」
「えっ、僕も見たい!」
すかさず賢二郎が目を輝かせる。累は微笑み、階段を指差した。
「どうぞ。二階上がって、すぐの扉です」
「ほなお邪魔さしてもらうわ。……あ、おふたりは思う存分イチャついてから来てもろて」
「いちゃつきませんよ!」
グラスを置いて小走りに駆けてゆく賢二郎の背中が見えなくなると、ようやく累の腕が少し緩んだ。
身じろぎをして累を見上げると、空はむにっと累の頬を両手で挟んだ。
「何やってるんだよ、もう」
「あれくらいいいだろ? 石ケ森さんと僕らの仲なんだし」
「……ま、まぁ、そうだけどさー。びっくりするし、どんな顔してりゃいいのかわかんないよ」
「ふふ、びっくりしてた空の顔も可愛かった」
青い瞳がいたずらっぽい微笑みとともに柔らかく細められる。前髪をかき上げられ、額に累の唇が触れた。
「それにしても、空ってそんなにモテモテなんだ」
「……え。あれ? 言ってなかったっけ?」
「一、二年前に女の子に告白されて断ったってやつは聞いたけど、それ以降は聞いてない」
「そうだっけ? んー……でも、それで俺の気持ちが動くわけじゃないし、累に言うほどのことじゃないかなと思って……」
「そうかもしれないけどさ」
明らかに不服げな顔をしている累が珍しく、空はじっと”どイケメン”な累の相貌をじっと見つめる。
「それに、『今日も女の子に告られちゃった。あ、でも断ったからねー』みたいな会話、俺はあんまりしたくないかなぁ」
「うーん……」
「きっと累にとっちゃ面白い話題でもないし、気持ち伝えてくれた女の子をふったことをわざわざ話題にするのって、あんまりよくないよね?」
「……確かに」
相手は累なのに、なんとなく、子どもに言い聞かせるような口調になってしまった。実習先やバイトで子どもたちと接する機会が増えてきたせいかな……と空は内心ちょっと反省した。
だが累はまるで気を悪くする様子もなく、素直に「そうだね」と頷いた。
「それはそれとして、……げきおも? どしゅうちゃくかれし? ってのは僕のことだよね」
「んー、まあ、あれは石ケ森さんにはそう見えてるってだけだよ。別に重いと思ったことなんてないよ?」
「空……」
じっと見つめていた青く澄んだ美しい瞳が、うるりと輝く。そのわかりやすい反応が可愛くて、空は思わず笑ってしまった。
「僕たちも上へ行こうか。サーシャがピアノを弾くって言ってたから、せっかくだしクリスマスメドレーでも」
「えっ!? ほんと? すごい贅沢じゃん! 石ケ森さんは?」
「石ケ森さんには、母さんの古いヴァイオリンを貸すよ」
「それすごい喜ぶんじゃない? お母さんのこと、女神だって言ってたし」
「ほんとに?」
意外そうな表情ながら、累の口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。累が嬉しいと空まで嬉しくなるもので、空は笑顔で頷いた。
累は白い歯を見せて嬉しそうに笑い、空の腰をさらりと抱き寄せた。
「……けど、石ケ森さんもああ言ってたことだし、少しイチャイチャしてから上へ行こうか」
「え? いやいや、しなくていーよ。落ち着かないよ」
「そう? 少しくらいいいじゃないか」
「どうしたんだよ、累がそんなこと言うの珍し……」
累のいつにも増して甘い甘い笑顔を見て、空はピンときた。
「累、酔ってるんだ」
「え? そうかなぁ……」
「サーシャに付き合ってたくさん飲んじゃったんだろ? もー、まったく。累は強いけど酔わないわけじゃないんだから、気をつけないと」
水を飲ませるべくコップを棚から取り出そうとしていると、ぎゅっとまた背後から抱きしめられた。
くるっと首だけで振り返ると——どこぞの王子と見紛うような華やかな顔面に、砂糖菓子も蕩けてしまいそうなほど甘やかな笑顔を浮かべた累と目が合った。
「うっ、可愛い……」
「ふふ、怒ってる空も可愛い♡ 食べちゃいたいなぁ♡」
「あっ、こらっ! どこ触って……っ!」
「空、好き。いい匂い」
「ちょ、累っ。ダメだってば!」
ダボッとしたスウェットの中に忍び込む累の手が素肌の下腹触れ、首筋に鼻を寄せて甘えてくる累である。くすぐったさとともに、感じ慣れた累の手に翻弄されかけたそのとき——……
二階から華やかなピアノの音が聴こえてきて、ピクっと累が顔を上げた。防音室の扉が開いているようだ。
そして、賢二郎の声が二階から降ってくる。
「累クーン、サーシャがアンサンブルやりたいて言うてんねんけど、なんか弾いたってくれへん?」
「あ……はい! すぐ行きます!」
ちょっと残念そうではありつつも、累の目が楽しげに輝く。空は笑みを浮かべて伸び上がり、累の頬にキスをした。
「クリスマスメドレー、聴かせてくれるんだろ?」
「うん。そうだった。行こっか」
差し伸べられた累の手を取り、指を絡めて手を繋ぐ。累は繋いだ手を持ち上げて、空の指にキスをした。
普段は静かな高比良邸に、今夜は華やかなクリスマスメドレーが響いている。
おしまい♡
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