12 / 365

【第2話】アマゾンがくるまで(5)

 一瞬怯んだ幾ヶ瀬だが、有夏の部屋がゴミ屋敷である事実を思い出したか、すぐに表情を引き締めた。 「な、何考えてんの! 自分で片づけられるの! られないでしょ! どうするの!」 「………………」  怒声をひとしきりやり過ごして、幾ヶ瀬が大きなため息を吐いたのを合図とばかりに有夏は立ち上がる。 「あ、有夏、帰るよ。メモが飛んだらいけないし。じゃね」  そそくさと玄関へ向かおうとした有夏の腕を、幾ヶ瀬がつかむ。 「駄目だよ、有夏。荷物を受け取ってからでいいから、今夜はお仕置きだ」  お仕置きとの言葉に有夏は何とも言えない表情で頬を歪める。  苦笑いという表現が一番近いだろうか。 「ホント、エロジジィだな。まぁいいよ。何すんの? 縛ったりする? 優しくしてくれるなら有夏、いいよ?」  語尾がやわらかい。  とろけそうな甘い声。  この声に幾ヶ瀬がめっぽう弱いと、経験上知っているのだ。 「し、縛ったりなんかしないよ……」  ほら、今回も。  幾ヶ瀬の頬に朱が差し、視線は落ち着かなく泳ぐ始末。 「有夏……」  伸ばした手が薄茶の髪に触れる寸前。  幾ヶ瀬は我に返ったように「ハァッ!」と叫んだ。 「危ない危ない。あやうく流されるとこだった。今回こそちゃんとお仕置きしないと」 「幾ヶ瀬ぇ?」  有夏に背を向け、クローゼットに上体を突っ込む幾ヶ瀬。  これでいいかと出してきたのはエプロンだ。 「……何のプレイだよ」  何の変哲もない緑色のエプロンに、有夏がドン引いているのが分かる。 「人に片づけてもらうから、またすぐに散らかすことになるんだよ。有夏、今回は自分でやってごらん。俺も手伝ってあげるから」 「……なにそれ」  幾ヶ瀬がエプロンを差し出した瞬間、玄関のチャイムが鳴る。 「胡桃沢さんへのお荷物のお届けです」  ほら出て、自分もエプロン姿になりながら幾ヶ瀬、玄関を顎で指す。 「なにそれ。絶対ヤなんだけど! 掃除させられるくらいなら、変態プレイの方がずっといいんだけど!」  ブツブツ言いながら玄関に向かう有夏。  扉を開ける。  例の箱を受け取る。  サインをする。  配達員が帰るなり中のフィギィアを確認してニヤつく。  それを廊下に置く。  瞬間、何気ない動作をよそおって玄関から外へ出た。 「ちょっとー? コンビニ―? 行ってくるし」  廊下を駆ける足音を聞きながら、幾ヶ瀬は苦笑した。 「くそっ、逃げたか……」  コンビニで漫画雑誌を立ち読みして時間を潰す気だろう。  あるいはマンガ喫茶にでも行ったか。  いずれにしろ、しばらくは帰ってくるまい。 「しょうがない有夏だな。この間に少しは片づけておいてあげようか」  なぜかニヤつきながら、隣りの部屋の合鍵を取り出す。  お望みの変態プレイは明日のお楽しみにとっておこうと、幾ヶ瀬は小さく呟いた。 「アマゾンがくるまで」完 3「設定18℃にしていそしむこと」につづく

ともだちにシェアしよう!