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【第30話】独りのときのテンションたるや(9)
幾ヶ瀬はめげてしまった。
探り出そうとしたが、心が折れた。
思春期の息子を持つ母親って、毎日こんな感じなのだろうか。
「じゃなくて!」
キッチンで叫ぶ幾ヶ瀬。
「俺がお母さんなわけないじゃない! あえて言うならお父さんだよ? ね、有夏?」
勢い込んで部屋を覗くと、当の有夏はコタツに潜り込んだ体勢でスヤスヤ寝ていた。
「……どんだけ寝るんだ、こいつ」
ちょっと不安になってしまう。
それに、と思う。
お母さんでもお父さんでもないし。親子なわけないし。
違うし! 俺たちは、そ・う・い・う間柄なわけだし!
「そういう関係なわけですし、俺は今から寝ている有夏さんにキスをします!」
お玉を片手に宣言して、幾ヶ瀬は足音荒く部屋に入った。
こたつのそばに座り込み、眼鏡を押し上げる。
「前髪が伸びましたね、有夏さん」
人差し指で絡めとった髪がサラサラと音をたてた。
睫毛がゆらりと揺れている。
スヤスヤと心地よい寝息を聞きながら、幾ヶ瀬は小さなあくびを漏らした。
心地よい微睡みが二人を包む。
「独りのときのテンションたるや」完
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