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【第37話】春の嵐(1)

「てか、ムリだって」  スマホを耳にあて、有夏が叫んだ。  珍しい光景だと、床に正座して洗濯物をたたみながら幾ヶ瀬が横目で見やる。  有夏が電話をしているなんて。  正確に言えば、有夏に電話で話す相手がいるなんて。  しかもこんなふうに感情を露わに話ができる相手なんて。 「いきなりとかムリだし。せめて1週間前に言っといて……え? ホントにムリだって。えぇ!? ちょっ、お母さん?」  ──どうせ相手はお母さんだろうと思っていたが、リアルだったらしい。  幾ヶ瀬はそっとため息をついた。  我が恋人ながら、電話する相手が母親しかいないというのは悲しくなる。  まぁ、同時に安心もするわけだが。  電話の相手が知らない男、あるいは知らない女だったら?  それはそれで、気になって仕方なくなるからだ。 「ちょっ、お母さんってば! 酷ッ!」  一方的に通話を切られたか、画面を見ながら有夏が呆然としている。  やがて、ゆっくり振り向いた。 「いぐぜぇぇぇ…」 「な、なに……?」  この感じは確か以前も……?  洗濯物をたたむ手を止めて、幾ヶ瀬は用心深く有夏の方に視線を送った。 「ありかのへや、がだづげでぇぇぇ……」  またか!

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