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第12話 シュガーレス (最終話)

――はい、ユウ……(たすく)です。すみません、遅くに。 「大丈夫だよ。どうしたの」 ――実は、その……うまく行きました。 「へっ?」 ――家に帰ろうとしたら、ユウがいて。ああ、すみません、ユウって、僕の名前じゃなくて、僕が好きな子の名前で、近所に住んでて。 「君の好きな子がユウっていうの?」 ――本当は悠司っていうんだけど、僕は小さい頃からユウって呼んでて、それでつい、その名前で登録しちゃったんです。 「そっか……そうなんだ。」  俺の好きな奴も(ユウ)だよ。俺たちはやっぱり似てるとこがあるね。……とは、言えなかった。 ――家の前でユウが待ってたからびっくりしてたら、その、なんか、こ、告白っていうか、でもはっきり言われたんじゃないんだけど、もしかしたらそうかなって感じのこと、言われて。 「向こうから?」 ――はい。だから僕、ちゃんと自分の気持ちを伝えました。 「好きだって言ったんだ?」 ――はい。そしたら、ユウも同じ気持ちだって分かって。だから、ありがとうございます。今日アイさんにああ言ってもらってなかったら僕、最初から諦めて、そのまま気付かないふりして、何もできなかったと思うので。 「いや、俺じゃないよ。勇気出したのはユ……佑くんだし」 ――アイさんの……零さんのおかげです。 「少しでもお役に立てたならよかったよ。でも、もっと自信持って。君はさ、すごく良い男だから。その子とうまくやれよ?」 ――はい。頑張ります。 「で、もうこの番号は消しなね。名刺も捨てて」 ――えっ、なんでですか。 「振られて泣きたくなったら連絡して、って言っただろう? のろけ話なら聞かないよ。こっちは淋しい一人者なんだから」零は笑った。「だいたいさ、俺のこと、のろけの相手にどう説明する? 出会い系で会ったおじさん?」 ――あ、いや、それは。ていうか、零さんはおじさんじゃないし。 「好きな人に言えないような相手と連絡取っちゃだめなんだよ。逆の立場なら嫌だろ? だから、これが最後」 ――……分かりました。 「でも、連絡くれたのは嬉しいよ。良い報せが聞けて元気出た。おじさんもいっちょ頑張って恋人探すわ」 ――だから、おじさんじゃないですって。零さんはかっこいいし、優しいし、可愛いし。 「か、可愛い?」 ――だってあんな甘いの飲んでるから。 「今は君を見習ってシュガーレスを飲んでるよ。美味しくないけど」  佑の笑い声が聞こえた。 「苦くて美味しくないけど……でも、たまにはいいかもな、とは思った」  佑はそれに何も返事をせず、沈黙が続いた。なんとなく気まずいが、それを打ち消せる雑談もできない。出会い系を通じて知り合い、ほんの数時間一緒にいただけの相手。共通の話題などなくて当然だ。そういう出会いだったのだ。佑は改めて思い出し、ようやく口を開いた。 ――零さん、今日はあんな出会い方だったけど……いっぱいごちそうしてもらったのに、何もしてあげられなかったですけど……ありがとうございました。  零に見えるはずもないのに、無意識にお辞儀するように頭を下げていた。 「俺も君に会えて良かったよ。そっちのユウくんと仲良くね」 ――はい。零さんもお元気で。  先に通話を切ったのは零のほうだ。そっちのユウくん、なんて言い方をしてしまっておかしく思わなかっただろうか、と思ったりする。  そっちがいるなら、「こっち」もいる。こっちのユウくん、は、もちろん俺が馬鹿みたいに引きずってる有のことだ。  引きずってるったって、俺たちの間には、友情以外、何もなかったのだけれど。  零はスマホの画面を有とのチャット履歴に切り替えた。  同窓会の誘い。結婚のこと。引っ越し。こどもの誕生。  ここ数年はそういったビッグイベントの時にしかやりとりしていない。それもすべて有からの連絡だ。他愛もない雑談ができないのは、出会い系で知り合ったばかりの佑だけじゃない。有相手でもそうだった。高校時代は親友だと言い合っていた。向こうは今でもそう思ってくれているかもしれない。少なくとも「今どうしてる?」「たまには飲みにでも行かない?」、そんな風に話しかけたっていいはずの相手だ。でも、出来なかった。そう誘えば応えてくれただろうが、そこで妻子の話などされたら打ちのめされるに決まっていた。  最後のやりとりは生まれたばかりの赤ん坊の画像から始まっていた。第一子誕生、という単語を見ただけで、おめでとうと返して、それきりだ。画像をしっかり見ることも出来なかったし、社交辞令の域を出ない祝辞への返事だってろくに見ていない。  今、ようやくそれをきちんと見返した。女の子だよ、と書かれていた。生まれて数ヶ月も経ってから有の赤ん坊の性別やら名前やらを知る自分に苦笑した。  その矢先に、零は画面に釘付けになる。 [ 実は男だったら、「零」ってつけるつもりだった。おまえみたいな男になってほしくて ]  動悸がした。 [ 気が早い話だけど、もし二番目が男だったら、名前もらうからな?(笑) 「有」の子が「零=無」ってのもちょっとかっこよくない? ]  そんなことを言われていたとは知らなかった。 [ あれ、既読スルー? 名前のこと、嫌だった? でも、零はずっと俺の憧れだからさ~ って言わせんな、恥ずかしいぞ(笑) ] [ え、まじで怒ってる? そんなに嫌ならやめるけど ]  そこで会話は途絶えている。自分が何も反応しなかったせいだろう。  零は深呼吸した。  それから、数ヶ月越しの返事を書く。 [ ごめん、スマホがおかしくなって、連絡先消えちゃったりしてやっと復活した ] [ 名前の話してたよな もちろん全然いいよ ] [ 俺もこどもできたら有ってつけるよ 予定ないけど(笑)] [ 有のこと、ずっと好きだったから ]  零は最後の一行だけ消し、書き直した。 [ 有に会えてよかったと思ってるから ]  送信中という文字を見ながら、零は口に残るほろ苦さを、愛しく思った。 (了)

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