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第11話 あの恋はまだ終わってない。始まってもいないから。

 悠司までもがその隣にしゃがみ込んだ。佑と視線が合うと、ぐるぐる巻きのマフラーを外して、佑の首に巻いた。「ほんとだよ。だから……春からもよろしく」 「春からって、悠司、受験生だろ」 「うん、俺、決めた」悠司は力強い視線を佑に送った。「ここまで追いかけてきたんだ。佑が待っててくれるなら、これからもずっと追いかけるよ。……俺、佑の大学目指す」 「ははっ」佑は洟をすすりあげる。寒さのせいか、泣きそうなせいかはどちらともつかない。「そいつは大変だ。だったら明日から早速特訓だぞ」  悠司はホッとしたように頷いた。「佑は、俺なんかには無理って言わないよね。高校受験の時もそうだった。みんなが俺には無理って口揃えても佑は俺のこと信じてくれて」 「そうだっけ? でもさ、ユウは本当になんでもできるから。やる気さえあれば」 「やる気かぁ」悠司は佑を見て、ニヤリと笑った。「佑がちゃんと言ってくれたら、すごく出ると思う、やる気」 「ちゃんと?」 「俺のこと、どう思うかってこと」  佑は一瞬ぎょっとしたように目を見開いたものの、すぐにいつもの柔和な笑顔を浮かべた。 「……好き、だよ」  悠司はいきなり立ち上がり、「うおっしゃ」とガッツポーズをした。「めちゃくちゃやる気出た。明日からの特訓も頑張れそう」  佑も立ち上がる。「本当に明日から?」 「うん。明日から、毎日勉強する」 「毎日?」 「だって」悠司はそっと手を出し、佑の手を握った。「好きな奴には毎日会いたい、だろ?」  佑は間近に見える悠司の顔に戸惑いつつも、「うん」と頷いた。 「よし、じゃ、風邪引かないうちに入ろ」 「あ、マフラー」佑は悠司に巻かれたマフラーに触れる。手編み風のそれは元カノからのプレゼントではないのかと少し気が滅入ったが、悠司はあっけらかんと「いいよ、明日で」と言った。「てか、あげるよ。それ、母さんが編んだんだ。恥ずかしくて学校にはしていきたくないし、佑がするなら母さんも満足だろ」  佑は気が抜けたように笑い、「分かった。おやすみ」と言った。 「おやすみ、また明日」  二人は軽く手を振り、それぞれのドアへと向かっていった。ほんの数分後には互いの部屋の窓を開け、もう一度手を振り合うのだろう、と予想しながら。  その頃、零はそのままホテルで一人の時間を過ごしていた。もう一度ウィスキーでも飲もうかとボトルを手にしたが、既に空になっていた。追加でルームサービスを頼むほどのことでもない。高校を卒業したばかりの「ユウ」に見栄を張ってラブホテルではないホテルを取り、コーヒーのためにルームサービスを頼んでやってはみたものの、本来の零の経済状況としてはそれらは「贅沢」の部類だ。いつもの一夜限りの相手なら、食事もせずに、ただ安ホテルにしけこんで、行為が終わればさっさと出て行くだけだ。今日だってそのつもりでいた。けれど、待ち合わせ場所に佇むユウを見た瞬間、そんな即物的なやりとりで済ませてはいけない相手だと悟ったのだ。  零は部屋にあった無料サービスのインスタントコーヒーを手にした。個包装になっているそれは、その下にあるもう一つとはパッケージのデザインが違うことに気付いた。  シュガーレス。  下のパッケージにはそう書いてあった。糖分を気にする人向けのものだろう。零はそちらを選んで、ポットの湯を注ぐ。 「にが」  零は眉をひそめた。片恋を託したあの子が美味しいと言っていた、砂糖を入れない、ブラックコーヒー。その苦さが体の隅々に行き渡ると、甘いものを口にした時よりも活力が湧いてくる気がした。  あの子、うまく行くといいな。  窓の外の夜景を見ながら、苦いのも悪くない、と思う。  そうだ。あの子も、あの子の相手も、幸せになってくれればいい。そうすれば、俺が封印したままのあの恋も報われるというものだ。  封印したままの思い。  忘れたい。忘れられない。あの恋はまだ終わってない。始まってもいないから。  いいや、終わってる。とっくに。あいつは結婚して、こどもまでいて。何が「終わってない」だ。ユウには偉そうなこと言ったけど、俺は何もできなかったんだ。何もできなかったくせに、未だにこうしてうじうじして、果ては初対面のあの子に自分の未練を肩代わりさせようとしている。 「なっさけねえな」  零はそうひとりごちると、ソファに座った。  嘘じゃない。有にも、今日出会った「ユウ」にも幸せになってもらいたい、そう思ってるのは本心だ。でも、どうしても、自分だけが取り残された気がしてしまう。何故、自分には誰も言ってくれないのか。 ――君のことをもっと深く知っている子なら、きっともっと君のことが好きだよ  ユウに言って聞かせたのは、俺が誰かに言って欲しかった言葉だ。  そんなことを思っていると、スマホが鳴った。見覚えのない発信番号に躊躇する。本来の予定通り、出会い系で知り合った相手と過ごしていたなら無視したに違いない。しかし、今は一人だ。誰でもいい、人肌じゃなくて声でもいいから、誰かの存在を近くに感じたい気がした。 「はい」 ――アイさん? 「……ユウ?」  二時間ばかり前に帰したユウの声は、スマホ越しだともっと大人びて聞こえた。

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