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第10話 自分の気持ちに嘘をつく必要なんかないんだ

「正直になったほうがいいよ。きっと君が好きになる子は、君の本気の気持ちを知ったとしても馬鹿にしたりしないし、傷つくこともないと思うよ」頭を撫でていた手は、やがて佑の頬を覆った。「俺なんか、今日初めて会って、ほんの数時間一緒にいただけでも、君のことをすごく好きになったよ。君のことをもっと深く知っている子なら、きっともっと君のことが好きだよ。……それは君の『好き』とは違う感情かもしれないけど、だとしても、お互いを大切に思ってることには変わりないし、君が自分の気持ちに嘘をつく必要なんかないんだ」 「アイさん……」  零は立ち上がる。「送っていくよ。それともタクシー呼ぼうか?」 「いえ、大丈夫です。一人で」  零は頷いた。「振られて泣きたくなったら、さっきの番号に電話してよ」 「振られても泣きません」佑は笑った。 「たまには甘えたらいいのに。甘いものには癒し効果があるんだよ」  佑はテーブルの上の零のコーヒーに目をやる。自分のブラックは飲み干してしまったが、零の甘そうなコーヒーはまだ半分ほど残っていた。佑はそのカップをいきなり手にすると、一気に飲み干した。「あっまぁーい」舌を出してしかめ面をする。「でも、これで癒しは充分補給されました」 「うん」零は例の優しい微笑を浮かべた。「頑張ってね」 「今日はその……すみません。と、ありがとうございました。この御恩は必ず」  大げさな言い回しに零はひとしきり笑い、佑を送り出した。  佑は帰途につく。普段の自分のテリトリーとはわざと離れたところで零と落ち合ったから、一時間以上かけての帰宅だった。ちらついていた雪はやんでいたけれど、深夜近くなって、冷え込みはより一層強まっていた。風呂で暖まったはずの体がまた芯まで冷える。  家の近くまで来て、違和感を覚えた。家の前に誰かいる。こんな夜更けに、と訝しがりながら近づくと、それは悠司だった。 「どうした、こんな夜中に」  マフラーをぐるぐる巻きにして、鼻の頭を真っ赤にした悠司が責める口調で言った。「どこ行ってたんだよ。ずっと待ってたのに」 「ここで待ってることないだろ」自分の部屋にいたって相手が在宅かどうかぐらいはすぐ分かる距離だ。 「なあ、佑」 「ん?」 「卒業式、誰かに何かあげたりした?」 「え?」 「第二ボタンとか……」 「僕が? ないない。僕にそんなこと言う奴いないよ、知ってるだろ」 「じゃあ、要らなくなった制服とかあったら、俺にくれよ。早く言わないと処分されるかもって思って、待ってた」 「制服? おまえ、僕よりサイズ大きいだろ。お下がりにならないよ」 「着るわけじゃないからいいんだ」 「着るわけじゃないって?」 「だから、今言った……第二ボタン的な」  佑は黙り込む。二人の通う高校の制服は未だに学ランだ。その第二ボタンもまた、未だに「特別な意味」を持つ。「……好きな子とか、憧れの先輩とかからもらうもんだろ?」 「そうだよ、だから、そういう意味で言ってんの。ただ、俺はもっと……第二ボタンよりもっと特別なもんが欲しい、っていうか……」玄関の明かりだけの薄暗い中でも、悠司の顔が赤くなっているのは分かった。 「ユウ、それって……」 「だめならいい」悠司はそう言い捨てて、自分の家に向かおうとした。  佑はその腕をつかんだ。 ――正直になったほうがいいよ ――君のことをもっと深く知っている子なら、きっともっと君のことが好きだよ ――君が自分の気持ちに嘘をつく必要なんかないんだ  アイが教えてくれた言葉に背中を押されるようにして、佑は言う。「待てよ。僕も話がある」  悠司は恐る恐るといった様子で振り返った。「なに?」 「僕は」そこでひとつ咳ばらいをした。「ユウのこと、す」 「す?」 「だからつまり、アイラブユー、だ」 「は?」 「このユーはあなたって意味と、ユウってのをかけてて、そんで」  悠司は笑った。「それって、告白?」 「そ、そうだよ。それ以外のなんなんだよ」 「俺のこと好きなの?」 「そう言ってるだろ」 「弟みたいに?」  佑は言葉に詰まる。辛うじて首を横に振って意思表示をした。 「そっか。……なら、良かった」悠司が言う。 「良かったって? ユウ、まさか、おまえも……?」 「俺、佑のこと兄さんみたいに思ったことなんかないって、言ったよな?」 「……言ってたけど」  期待してはいけない。佑は自分にそう言い聞かせながらも、期待せずにはいられなかった。そして、悠司が続けて口にしたのは、そんな期待通りの言葉だった。 「ずっと言ってるじゃん。佑といるのが一番楽しいって。佑に俺だけ見ててほしいって。俺、結構ガンガンに伝えてたつもりなんだけど。今だって、第二ボタンより特別なもんが欲しいって言ったろ。他にどういう意味があると思ってんの」  佑は膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。「ほんとに……?」

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