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第2話

 研究の合間にポチポチと続けていたゲームだ。プレイ人数が少ないのか、運営の怠慢なのか、同じイベントを何度も同じくらいの間隔でループさせているだけのゲームだ。けどそれが忙しい中でする分には、新しいことを覚える手間もないためプレイをしやすく、ハマる要因になったのだと思う。そんな運営が突然打ち出した新システムが『結婚』だった。  ゲイの自分にはハードルの高い言葉ではあるが、ゲーム内ではわざと女性ととられる発言をしていたチィコにはいくつかの申し込みがあった。  エリンギくんはその中の一人だった。   プレイ歴は浅いのに、レベルが上がるまでの時間が短い、余程このゲームにハマっているらしい。テンションが高く、誰にでも親しげなユーザーだった。  研究に行き詰まり、ふと息抜きにログインすると、たまたま彼がログインしていた。 『締め切り近すぎ、時間なさすぎ、ゲームに逃避中(T▽T)』  あまりにも追い詰められていて、普段はしないリアルでの話を口にしてしまった。しまったと思ったが、彼の返信は早かった。 『少しでも息抜きになれば幸い』  思わず笑ってしまった。 『運営様ww』  なんだか少し気分が浮上して、机に向き直ろうとした。すると、また返信があった。   『そういうときはね、逃げてもいいのです。チィコさんは真面目な人だから、締め切りはどのみち守るから。だからそれまで何しててもいいのです。自分を責めなくても大丈夫』  ゲーム内でのつきあいなのに、どうしてそんなことを言い切れるだろう。そう思ったのに、奇妙にも自信たっぷりな様子に、非常に慰められてしまい、うっかり涙してしまった。そうだ。僕は今まで締め切りを破ったことなんかない、だから今度も大丈夫、気楽に行こう。そう思えた。  それから、エリンギくんは特別なフレンドになった。ゲーム内での会話だけの付き合いだけど、楽しいし、癒やされる。結構課金してるみたいだから社会人かななんて思っていた。結婚を申し込まれたとき、実は、本当に嬉しかった。  向こうは新システムを試してみたかっただけだとしても、僕は、嬉しかった。そのとき、どうしようもないことに気がついた。    僕は、本当にエリンギくんが好きなんだ。  ゲーム内のことだし、恐らくはエリンギくんは男だし、本当にどうしようもない恋をした。けれど、これまでそういう感情がよくわからないでいた自分にとってはそれで満足だった。  それがまさか、目の前に本人が現れるなんて思っていなかった。  油断、していた。  まさか、知らなかったんだ。本当に、ただのいちプレイヤーだと思っていた。話していて楽しいと思っていた。  けれど、橋爪くんがエリンギくんだなんて、だめだ。  嬉しいなんて、だめだろう。 「先生!」  突然、研究室の扉が開いた。手にはスマホを持っている。振り返る間もなく詰め寄られた。 「何これ、離婚って!」 「あ、新しい人とも組んでみたいなって」 「そんなの嫌だ! なんで? 俺じゃダメなの?」  これが現実のことだったら、なんて魅力的な台詞だろう。けど、彼が言っているのはゲームの中でのことだ。 「所詮ゲーム内のシステムだろう。これまで通りプレイヤーとして仲良く」 「嫌だ。ねぇ、もう一回プロポーズするから、ちゃんと受けて」  プロポーズ? そう言いながらも、彼がスマホをいじり出す様子はない。代わりにショルダーバッグから四角い箱を取り出した。 「俺と、結婚して下さい!」  パカと開かれたその中には銀色のシンプルな指輪が入っていた。  直接、プロポーズww? 「バイト代で買いました」 「馬鹿、課金用にって、頑張って」 「課金だよ。ねぇ、先生、受け取ってよ。俺、先生ともっと遊びたい。俺と結婚して」  この子、本当に馬鹿だ。  馬鹿だ。  どうしてこうも、嬉しいことをしてくれるんだ。 「馬鹿」  ああもう、草生える。

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