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4-2.
翌日、朝からデートの準備だと張り切って侍女を引き連れて行ってしまったアスセーナに置いていかれて、フランメは久しぶりにひとりの時間を過ごしていた。
離れていても思い出すのは、ずっと片想いしていて、かと思えば途端に転がり落ちてきた愛おしい番の事ばかり。
「粧しこむってなぁ…、まだお貴族様の感覚には慣れそうな気もしないし、パーティーの時みたいなすごいきれいなの出てきたらどうしよう…並ぶ自身ないぞ…。」
今日こそは町へ買い物に行く予定なのだが、どう繕おうがフランメの家は貧乏な伯爵家である事実は変わらない。侯爵家の箱入り息子であるアスセーナとは不釣り合いなのではないかと、不安で胸が張り詰めていた。
だが、美しく着飾ったアスセーナの手を取り赤い絨毯の上をエスコートすることは長らく夢見た光景である。脳裏で白い手袋に覆われた手を差し出したアスセーナが身に纏っていたのは…あのデビュタントの日のドレスだった。色も装飾も派手で、だからこそアスセーナによく似合う不思議なドレス…。
実は記念に取っておきたいと抱き潰したあとすぐに彼の侍女に頼んで手入れしてもらっておいたので、いつでも着られる状態なのだ。
「はぁ、いつかあのドレスを着たセーナをエスコートしたい…。」
恋する乙女のような桃色の吐息を吐きながら、しばしフランメは夢想に浸っていた。
「……、あの、ドレス…。」
久しぶりに自室へ戻ってきたアスセーナが侍女に髪に油を馴染ませてもらいながら見つめていたのは、あの日身に纏っていたドレスだった。
お気に入りだったのでどうしたのかと聞こうとは思っていたが、まさかこんなキレイに手入れさた状態で主人の帰還を待っていたとは。
「うふふ、フランメ様がどうしてもと仰るので、きれいに手入れしておきましたのよ。
言われずともそのつもりでしたが、あの部屋に回収に行くには勇気がいりますでしょ?助かりましたわ〜。」
侍女のくせに軽口を叩けるのは、彼女がアスセーナの乳兄弟だからである。歳は彼女の方が2つ上だ。
「レジー!揶揄うのはよせ!」
離れていても想われているのが伝わってくるようで、アスセーナはあまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤にしてしまった。
ぽーっと夢の世界に浸っていると、急にアスセーナの兄に呼び出され今しがた到着したばかりだというジャケットとこれまた新品のズボンだシャツだと慌てて着替えさせられて、初めての装いに他所の国の王子様にでもなったかのような浮ついた気分のまま、今度は馬車の前で待機させらた。
(移動も当然のように馬車!やっぱり金持ちだなぁ…。)
これもまた慣れないといけない事のひとつなのかとため息をついていると、玄関の扉が開き、美しいレディが現れたではないか…!
「どう?フランメ。似合ってる、かな…。」
わずかに視線を逸せた顔にはうっすらと化粧が施され、金縁に彩られた赤いワンピースは年齢に合った可愛らしいデザインである。
先日のドレスも大変美しかったが、少女のような可憐な格好にひどく保護欲をそそられた。とことんエスコートして、守ってさしあげたくなる。
「あ、あぁ…!」
自分のジャケットが赤いのを思い出して、そうかお揃いかと気付いてしまって声が上手く出なかった。
「それだけ…って、も、もう…なんて顔してるの、早く馬車に乗るぞ!」
どんな顔をしてるんだ俺は?
慌てて馬車に押し込められながら、フランメは開いた口が閉じないことにやっと気がついたのだった。
気に入ればすぐに買う豪遊っぷりに驚きつつも、あれだこれだと表情を輝かせるアスセーナに、フランメはただただ可愛いと胸を高鳴らせていた。
いつまでもこんな可愛い表情をしていてほしい…。というのも、まだ幼い彼がベランダからじっと何かを飲み込むように硬い表情を浮かべているのを心配になって見上げたことがあるのだ。もう二度とあんな表情はさせたくない。隣でずっと笑っていてほしいと思う。
「ま、まだ買うのか!?」
とはいえ御者が荷物を抱えきれなくなった頃には、流石にそちらのほうが心配になってしまうのであった。
「金を使って経済を回すのも貴族の仕事だぞ。早く慣れろ。」
身長差のせいで届かない肩の代わりに腕をポンッと叩かれるが、先程別の店でも馬車に積み切れないほどの量を買っていたのだからもう十分回しているのでは…!
「よし次の店だ!」
「うぁぁああっ!!」
その後もアスセーナの爆買いは続き、ヘトヘトになった頃にようやくティータイムだと喫茶店に訪れたのであった。
「いらっしゃいませ、奥のお席をご用意しております。」
といって案内されたのはパーテーションのさらに奥。大きな窓とテーブルが一式あるだけの個室だった。
「流石につかれた…。」
大きな椅子に身を預けるようにグッタリと座り込んでしまったアスセーナに、フランメは思わずふっと笑ってしまった。たくさん遊んで楽しかったです、とでも言わんばかりの満足げな表情だったから。
「む…!今日買ったはほとんどお前のものなんだぞっ!このあと開封しながら全部着せ替えてやるからな、覚悟しておけよ!」
「えっ!うちにはあんなに沢山ものを置けるスペースなんてありませんよアスセーナ様!?」
ずっとコチラを見ながらはしゃいでいるな、とは思っていたがまさか貢がれていたとは…!後で家宛に請求書なぞ送られてこないだろうなと冷や汗をかいた。
「……どうせ結婚する仲なのだからうちに住んでしまえばいいじゃないか。あの部屋はどうせ客間としては利用できないそうだしな。」
換気して布団を洗って…と気を使おうと、鼻が利くアルファ相手だと意味がない。壁などに染み付いたフェロモンの匂いから何があった部屋なのか簡単に想像できてしまうのだ。
「も、申し訳ありませ…「敬語。二人の時はなくていいと言った。それにあの部屋を用意したのはこちら側なんだから気にしなくていい。」
それにあの両親のテンションだと記念だからとあの部屋を現状維持して保存しかねない。流石にそれを口に出すのは憚られて、アスセーナは視線を落とした。
「アスセーナ、大丈夫だ、俺ももう気にしてないから…!」
それを落ち込んだとでも思ったのか優しい言葉をかけてくれるフランメに、この人が運命で自分は恵まれているかもしれないと、アスセーナはオメガと分かってから初めて自分の幸せを素直に受け入れることができたのだった。
「フランメ…。」
「せ、ーナ…アスセーナ…。」
その後、スコーンや紅茶が運び込まれるまでの短い間二人は熱い視線を交換しあって過ごした。
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